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The End of Power, and the Beginning of Power
 少し、昔話をしましょうか。
 これは、私の子どもの頃のお話です。
 物心ついた時には、私はトロールの奴隷として育てられていました。トロールたちの言葉はわからなかったですが、同じ奴隷だった人達の言葉は話す中で少しわかるようになっていたので、指示を聞いて動いたり、働いている姿を真似したりしながら仕事をしていました。働く人たちの顔に生気はなく、ただ淡々とトロールたちの指示に従うだけの人形のようでした。かく言う私も同じようなもので、何も考えずにただただ動き、仕事の後に身体のスイッチが切れるようにして眠っていました。食事も質素なもので、適当な雑草が与えられるのみということが大半でした。昔はきっと屈強だったであろう人も、だんだんと痩せ衰えていき、時には朝見れば二度と目覚めない姿に、ということもありました。私の周りには、トロールに立ち向かえそうな体つきの人は誰もいませんでした。私も、幼心にずっとこのままこんな生活が続くのだという思いがありました。
 かすかな希望はありました。時折、人間がトロールに立ち向かう姿を見ることがあったのです。奴隷ではなく、外から来た人たちです。身なりも違い、武器も持ち、私の周りにいた人たちとは違ってそれは力強く見えたものです。ですが、それはあくまで「かすかな」希望に過ぎなかったのです。トロールたちは嘲り笑いながら刃を受け止め、返す剣で容赦なく叩き潰す姿を幾度となく目にしました。今思えば、あのシーンを私たちが見られるようにしたことは、トロールの作戦だったのだと思います。つまり、希望などない、すべて叩き潰される運命にあるのだと私たちに教えていたのだと思います。実際、私は希望よりも諦めの気持ちが強かったのです。
 
 私が何歳の頃か、というのはわからないのですが、今から逆算して10数年前のことです。私の人生を大きく変える出来事がありました。冒険者の一団がトロールに戦いを挑みに来たのです。当然、私はまたその人たちが殺されることを思い浮かべていました。トロールたちが下品に笑いながら殺していく姿しか見たことがないのですから、仕方のないことです。しかしその日は違ったのです。
 冒険者の一人はトロールの攻撃を軽い動きで捌いていき、一度切りつければトロールに大きな傷を負わせていました。後ろから他の冒険者が何かを唱えれば、トロールたちがまとめて苦しむ姿。あの強かったトロールたちがあっという間になすすべもなく倒れていきました。息一つ乱さずに止めを刺した冒険者たちは、私たちへと近寄ってきました。私はその時、自分も殺されるのだという思いがありました。トロールとずっと一緒にいたわけですから、私もきっと仲間と思われて一緒に殺されるのだと。しかし、彼らは微笑んでこう言うのです。
「大丈夫か? ちゃんと助けてやるからな」
「町に戻ったらおいしいご飯作ってくれるから、頑張ってね」
 何を言っているのだろう、と私は少し混乱しました。言っている意味が分からなかったというわけではありません。先に言った通り、奴隷の人たちと話すことはあったので、少しだけなら言葉もわかるのです。ですがそれでも、その人たちの言っていることがにわかには信じがたかったのです。実際、奴隷たちの中には、冒険者の言葉を信じずに逃げていく人もいました。それも無理のないことだと思います。人の世界に戻るには、あまりにも奴隷としての生き方が染みついてしまったのでしょう。そういった意味では、ただ従うばかりの私は、何も考えずに冒険者の言うことを聞くことができたという点でよかったのかもしれません。私がとりあえず頷いた時に、冒険者の一人が笑いながら私の髪をくしゃくしゃと撫でた感触は少しだけ覚えています。
 
 それから私の生活は一変することになります。宿のマスターは、いきなり連れてこられた私を嫌がることなく、すんなりと受け入れてくれました。宿を訪れた冒険者たちも、私のことをからかいながらも優しく接してくれました。私は私で宿の手伝いをしながら、近所の子どもたちと遊んだりもするようになりました。しかし、奴隷としての常識しか持ち合わせていなかった私はあまりに周りのことに疎い子どもでした。子供たちはそれをからかい、「知らずのリーシャ」という二つ名をつけられたものです。実際その通りなので言い返すこともできませんでした。
 私は思い立った時から、冒険者たちに剣術を教わることになりました。「筋があると思うし、仕事にもなるから」という冒険者の言葉がきっかけだったと思います。魔法などは難しそうでしたし、ただ剣を振るということであれば私でもできると思ったのです。筋肉はつきやすい体質だったのか、訓練を重ねるにつれて重い剣も振るえるようになってきましたので、冒険者の見立ては正しいものだったのでしょう。こうして冒険者となる素地は作られたのです。
 
 他にも、実際冒険に出るきっかけとなった婚約者の事や、宿に現れた「妹」のことなど、いろいろなことがあったのですが、今回はこんなところで終わらせていただきたいと思います。また、思い立てばお話をするかもしれません。
 
コンパス@リーシャ SW2.0