好奇心でついて行ったことを、すでに私は後悔しはじめていた。
 
昨晩、突如火の手が上がったエイレンの街に程近いエルフの集落『青の森』で、
私は嫌と云う程、惨状の跡を目の当たりにした。
親が子を庇ったままのホトケ様、蛮族のものと思われるズタズタに切り裂かれたホトケ様…
首だけになってしまったエルフの顔に、顔が無くなってしまった屈強な蛮族の体…
焼け落ちた森の中で、目にするものはそんなものばかり。
10歳になったばかりの私にとっては、刺激が強すぎた。
珍しく必死な顔でここに来た師匠の役に立ちたくて、付いてきたはいいが今の私は、
森のはずれでヘタりこんで座っているだけだった。
 
(酷い…酷いよ、こんな事)
 
誰も、ここで何が起きたのかは話さない。
物言わぬ骸たちが、その結果だけを示すだけ。
ミジカ=クレオールは、平和な場所で暮らしていたことを、堪らなく申し訳ないと思った。
 
×
たすけて


 
(身体、動かない…こんな気持ち、初めてだよ…)
私の身体は鉛のように重く、呼吸も億劫なほどで、一歩も動けなかった。
師匠を含めて、神殿のシスター達は私に構うこと無く、必死に生存者を見つけようとしていた。
(私も探さないと…助けないと、いけない、のにっ!)
心の中で気合を込めて、幹だけになってしまった大樹に寄りかかりながら、何とか立ち上がる。
「何だ、立てるんじゃない。このヘタレ」
自分に言い聞かせながら、先ずは誰かと合流しようと思ってシスターの誰かを探そうとした。
 
その時に、森の奥からうめき声が聞こえた。聞こえたような気がした。
「えっ!?」
誰もいないのに、驚きの声をあげてしまう。生き残っている人がいるかもしれない、でも聞き間違いかも知れない。私は目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませるイメージをする。
その甲斐あってかどうかは分からないけど、
「…あっち?」
声が聞こえた方へ、私は重い足をひきずるように歩くことにした。
 
動くうちに少しずつ歩速が出始め、気配を探るようにしながら森の奥を歩いていると、
急に心細さを感じ始めてしまった。
「…誰かいませんかー?うう…お化けとか蛮族とか出ないでくださいよー…」
独り言でもつぶやかないと、プレッシャーに負けそうで、自分は何とまあ、肝の小さい奴だと思ってしまった。
そうこうして探しているうちに、私と同じくらいの小さな身体が、仰向けで倒れている姿を見つけた。
 
その身体は緑色と紫の斑模様で、額には二本の角が生えていた。
 
「ば…ばばば…ばん…」
独り言の呂律すら回らない、というか、勝手に口から言葉が出てくるようだった。
「バンバン!じゃなくって!蛮族の子供…なの?」
だって、こんな姿の人間なんて見たことが無い。その小さな身体が、私には恐ろしい化物にしか見えなかった。
「ど…どうしよう…どうしよう!」
頭の中が落ち着かない。どう考えたってこの森を燃やしたのは蛮族だ。
その寄せ手の中に子どもが混ざるのかなんて事は、あるのだろうか?
 
蛮族は人間の敵、あの破天荒な師匠ですら、そこはぶれなかった。
いや、師匠は冒険者として命を切り売りしてた経験のある人だ。それゆえに、蛮族の強さと怖さを知っているから、
そう教えたのかも知れない。
 
「どうしよう…どうしたらいいの、師匠…」
何度つぶやいたって、現実は変わらない。
私の目の前で、小さな身体が横たわるだけ。
助けていいの?殺さなきゃ、駄目なの?
段々とか細くなるうめき声を聞きながら、飽和し始めた私の心は、勝手に身体を動かし始めた。
 
斑模様の肌の感触は、やけに柔らかくて、人間の子供そのものだった。
 
 
「ミジカ!どこにいるの!ミジカー!?」
ヤーシェンカ=クレオールは声を張り上げながら、自分の愛娘の足跡を追いかけていた。
(何処に行ったんだか、下手に動いて欲しく無かったんだけどなあ)
なら最初から連れてくるなという話なのだが、そういう気分にもなれなかった。
結局…森の中で生きている人型を一人も見つけることは出来なかった。
エルフも全滅、寄せ手の蛮族も全滅…こんな事が、あるんだろうか。
冒険者だった頃のカンが、何かキナ臭いものを感じながらも、ここにはもう結果しか残っていなかった。
「ミジカ!どうしてこんなところに…何やってんの?」
私の義理の娘は、自分の上着を脱いで斑模様の肌の子供に被せ、自分の肌でその子供を温めていた…のかな?
「どうしよう、師匠…何も出来なくて…分かんなくて…」
「その子、生き残りかい?」
「分かんない…でも、ここに倒れてて」
「そうかい」
娘の手から子供を受け取り、小さく呪文を呟く。
「…よし、十分生きているよ、この子」
魔法の力で生命力を分けてあげたら、すぐに体温が戻り呼吸も落ち着いたものになった。
「ミジカ、アンタはこの子を神殿まで連れていくこと。起きるまで世話をすること。オーケー?」
「わかりました師匠…でも、この子、蛮族なんじゃ」
「…ぷっ、アハハ!そんな事心配してたのかい、アンタ!」
「え?」
「この子は蛮族なんかじゃない、ナイトメアの子だよ」
 
これが、初めてナイトメアと出会った時の話。
その後も色々あって、ナイトメアとは関わりの多い人生になるんだけど、それはまた別の話。
 
 
「…そんな事があったんだ、初めて聞いた」
「アニーはまだ、神殿に居なかったからね」
「で、そのナイトメアの子供はどうしたの?」
 
「…私が聞きたいくらいよ」


 おしまい
amasiz@ミジカ SW2.0