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恐れ
……俺が冒険者になったことに、とりたてて理由らしいものはない。
少なくとも、何か自覚的なものがあって、その結果冒険者という途を選んだわけじゃあないんだが、ただ、今にして思えば、俺がこの途を選んだこと   あるいは、その選んだ途で急速に(と自分で言うのはおこがましいだろうか。でもまあ俺が言うんだから意外とも思われんだろう。どうでもいいことだしな)力をつけたことには、それ相応の根拠というか、原動力というか、ともかくそういうものがあったようにも感じられる。
つまるところ、そう、俺は   怖かったのだ。俺をとりまく人も物も、さまざまなものが。
自分という生き物の価値が、自分自身まるでわからない。それゆえにかえって周囲には自分が価値ある存在であるように振る舞う。
自分という存在が受け入れられていることに喜び、だが同時にその心地よい環境、関係を壊したくないがために、道化の仮面を外せなくなる。
それと同じだ。自分が弱く儚いものであり、魔物やその他諸々の危険を怖れたから、その恐怖を振り払うために自然、力を身につけた。
臆病なねずみが、必死で武器を探すようなものだ。
もちろん当時はそんなこと考えもせず、そうだ俺は強いのだ、有能な神官戦士なのだ、と息巻いていたんだが……。
 
しかしまあ、これだけ話はしたが、実のところこれは話の端緒に過ぎない。第一、このたぐいの恐怖なら、自覚的かどうかは別にして、冒険に   いや、冒険にかぎらず、戦争やら何やら、直接命に関わる何事かをしている人間には、多かれ少なかれ同じものを抱いていると言えるだろうからな。
まあ、あまりまだるこしい言い方をしても伝わらんだろうから、ここは正直に、簡潔に言おう。
俺が今、ほんとうに怖れているのは、他ならぬ『神』なのだ。
おびえるねずみの魂に、鉄の鎧と、猫どころか犬、いや馬くらいまでなら笑って吹き飛ばすフォースの流れを……いや、エヘン、まあとにかくパワーを与えてくれた、いわば大恩人が、俺は怖いのだ。
 
リザレクションという奇跡を知っているか。
まあ、聞くまでもないな。こういう話に疎いやつでも、名前くらいは聞いたことがあるだろう。一度召されたものの魂を、この世に引き戻す奇跡の「力」だ。
むろん、力と言っても、たとえば死霊術のような、たとえば召喚術のような、文字通りちからづくで魂を操るものではない。
だが、むしろそれだからこそ、人には過ぎた力のように思えてならんのだ。何故なら、そう、見方を変えてみれば、力で魂をねじまげて呼び戻すのではなく、『死んだものは生き返らない』という万物の法則の方をねじまげていることになるから……といえば、わかるだろうか。
 
それゆえに俺は怖れた。この力を与える神を。この力を求めてしまった自分を。
俺は一体何になろうとしている?
力を持つ、とそれだけなら田舎のわんぱくな小僧っ子だって考えるような子供じみた願望で、笑い話にもなるが、言うまでもなくわんぱく小僧は人を殺すほどの力を持とうとしたりはしない。
俺は子供じみた願望をだらだらとひきずったまま、犯さざるべき禁忌へと踏み込んだのではないか。
……それは、確かに俺以外にも幾人かは、この奇跡を願うことのできる存在はいる。各宗派の最高司祭をはじめとしてな。
だが、彼らは子供のようなメンタリティの持ち主ではないはずだ。少なくとも、力を願った結果としてそんなものに行き着いたというようなタイプではないだろう。
だが俺にはそんな超・人間的な悟りも覚悟もない。それを身に着ける前に力の方が先に与えられてしまった。   求めすぎてしまった。
だから俺は目の前に死者がいれば何だかんだと言いながら奇跡を願ってしまう。
だから俺は   俺は、このままゆけば、あるいは「後の復活を約束する、だから今は死ね」と、誰かに向かって言ってしまうような人間になる……かも、しれない。
人の生命を直接操ることができるという事実が、俺の精神をそのような歪んだものにしてしまわないかという恐怖という形で、俺の心にずっとこびりついているのだ。
『……ってスコッチウイスキーのグラスでも傾けながら言えるようになったら俺も立派にシリアス系のナイスミドルの仲間入りじゃね!?』
大鬼@オーグル SWRPG