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『アタリマエ』の存在
当たり前のことが、当たり前じゃない。
当たり前じゃないことが、当たり前。
幼い頃、それがどうしても納得できなかった。
 
「どうして、おねえちゃんのせいで、僕がいじめられなきゃならないの?」
「どうして、お父さんはおねえちゃんにだけ、優しくするの?」
 
父さんはいつも、苛められて帰ってくる姉さんに優しかった。
それなのに……同じように帰ってきた俺には、いつも厳しく叱るばかり。
俺にとって、それはどうしても納得できないことで、いつも母さんを問い詰めては困らせていたっけ。
だけど、そんな俺に母さんは、いつも困ったように笑って……ぎゅっと、抱きしめてくれたんだ。
 
「あなたが大きくなったときに、きっとわかるはずよ……だから、今はちょっとだけ、我慢してね」
 
俺は、そんな母さんが好きで。
辛いとき、苦しいとき、いつでも抱きしめてくれる母さんが、大好きで。
そして……姉さんと父さんが、誰よりも大っ嫌いだったんだ。
 
優しかった母さんが死んで、俺一人が『家族』から切り離されたとき。
俺は、心の底から二人を憎んでいた。
父さんを独り占めして、奪ってしまう姉さんのことを。
そして…姉さんを溺愛するあまりに俺を疎んじ、切り捨てた父さんのことを、さ。
 
 
***
 
 
それは確か、13歳の冬……木枯らしの吹く寒い朝のできごとだった、と思う。
いつものように、授業のついでに義父さんへ弁当を届けるため、賢者の学院へ向かったときのことだ。
 
「おーっと、ごめんねっ!」
 
俺の肩にどん、と乱暴にぶつかって、そのまま通り過ぎようとしたのは、俺と同い年くらいの少し耳のとがった女の子だった。
街の中なら良くあることだと思って、ため息をついた時……気づいたんだ。
カバンの中が、少し、軽い。
 
「……っ、なっ……お前っ、待ちやがれ!?」
 
その頃の俺は少し荒れていて……まあ、無理も無いか。
父親から捨てられたと思い込んで、義父にも義妹にも心を開けないまま8年が経過し……ひどく傷ついた子供心は、すっかり大きな傷痕になっていたから。
そんな荒みきった気持ちで街の子供たちとケンカばかりしていたら、いつのまにか腕っ節だけは強くなっていて。
よく、憲兵や通りすがりの神官様に怒られて、それでも懲りずにケンカをする毎日だったっけ。
 
ともかく、当時の俺は腕っ節にはそこそこ自信があった。
だから、カバンの中身をくすねた犯人を捕まえてやろうと、咄嗟に振り返って追いかけ始めたんだけど。
相手はやたらすばしっこくて、どれだけ走っても中々捕まらない。
町中を探して、ようやく追い詰めたと思ったときには、すっかり日暮れが迫っていた。
 
「……まったく、こんなトコまで追いかけてくるなんて。しつこい男の子は嫌われるよ?」
「やかましいっ、早く、その弁当返せ!!」
 
俺の叫び声に、女の子は「えっ」と声をあげる。
 
「あちゃー、金目のものかと思ったら、お弁当か……ま、いいや。今日の夕飯ごちそうさま♪」
「って、もう食った気でいるのかよ!?」
「だってあたし、キミから逃げる気満々だもん☆」
 
まるっきり馬鹿にしているような台詞。
俺は完全に頭にきて、彼女を捕まえようとしたんだけど。
どんだけ頑張っても、その日は捕まえることができなくて……弁当を奪われたまま、家路に着くことになる。
結局その日、義父さんに思いっきり拳骨を貰って、夕食を抜かれることになった。
 
……で、この一件だけで終わると思いきや。
どうもその子に「カモ」だと思われたんだろう、俺はそれから何度も、同じ相手に弁当をくすねられるハメになった。
捕まえようと躍起になる俺を、笑いながら翻弄する彼女。
多分、どんだけ頑張っても、力じゃどうにもならないだろう……そう悟った俺は、不本意ながら白旗をあげることにしたんだ。
 
「今日から弁当、弁当屋のおばさんにもう一個作ってもらってきた。腹減ってるなら盗むんじゃなくて、直接貰いに来いよな」
「え、ちょっと待って……キミ、本気?」
 
きょとん、とした表情。
本気だと返す俺に、彼女はどこか困ったような…参ったなあ、という感じの笑顔を向けて言った。
 
「キミ、変わってるね。あたし……キミのお弁当盗ったんだよ?」
「だから、次から盗らなくて済むようにしてやる、っつってんじゃんか」
「そ、それにほら…あたし、キミと違うし。ハーフエルフだし」
「だから何?」
 
憮然とした表情のまま返したその言葉に、彼女はまた、呆然とした。
どうやら俺の台詞がよっぽど信じられなかったらしい。
 
「キミ、変わってるね」
「……どこが?」
「普通なら、ドロボーにだまってお弁当くれたりなんかしないよ。それに……」
 
そこまで言ってから、彼女は表情を曇らせて呟いた。
 
「あたしに……ハーフエルフに、そんな風に接してくれないじゃない。そんなの、当たり前でしょ?」
「……どうして?」
 
今度は、俺がきょとんとする番だ。
俺にとって、それは、『当たり前』のことだった。
俺が生まれたときから、母さんも姉さんも、少しだけ耳が長くって。
それはごくごく当たり前のことで……ふたりとも、俺と何一つ変わらない。
そして、それが正しいって、そう思い込んでいた。
 
「あ、あっきれた、キミって……」
 
毒気を抜かれたように笑い出す、彼女。
わけが分からず、首をひねる俺。
 
「ったく、面白いなあ! じゃ、お腹すいたときは、キミに会いに行くね」
 
あっけに取られたままの俺に、屈託の無い笑顔を向け、彼女はいつも通り……弁当をくすねたままその場を去って。
残された俺は何故笑われたのか見当も付かないまま、帰途につくことになった。
帰りがけにずっと……いや、帰り着いてからも。
彼女の太陽みたいな笑顔が、頭にこびりついて、ちっとも離れてくれなかったんだ。
 
   それからしばらくの間、彼女は時折、俺に弁当をたかるようになった。
でも、その頃には俺も、それがなんとなく楽しみになり始めていて。
義父にも、義妹にも、なかなか心を開くことが出来なかったのに……開けっぴろげで、竹を割ったような性格の彼女には、いろんなことを話すことが出来た。
俺が住んでいる家のこと、俺が通っている学院のこと、俺の家族のこと……。
そういえば、姉と母がハーフエルフだって話したとき、彼女は目を見張って驚いた後、こんなことを言った。
 
「そっかー、キミのそういうとこは……二人のおかげ、なんだね」
「な、なんだよ、いきなり?」
「……一度会ってみたいなぁ、キミのお母さんと、お姉さん。あたし、家族とか居ないし、さ」
 
その台詞にどんな意図があったのか、今となっては知る術は無くなってしまったけど……。
俺はただ、姉のことを持ち出されたのが腹立たしくて、「ねーちゃんになんか、会ってもつまんねーよ」と毒づいたのを覚えている。
もし俺に、この会話が彼女と、ちゃんと話が出来る最後の機会だってことが分かっていたら……きっと、もっといろんなことを話していたんだろうって、そう思う。
 
 
***
 
 
ある、空気の乾燥した寒い夜のことだった。
ファンの街の郊外で、火付け騒ぎが起きた。
容疑者として投獄されたのは、たまたまその周辺に住んでいた……俺と同じくらいの年で、レニィという名前の、ハーフエルフの少女。
俺は、その一報を聞いて……そして、愕然としたんだ。
まだ、『彼女』の名前を聞いてなかった、ってことに。
 
俺、すっかり慌てて投獄されたっていう少女に面会を申し出たんだ。
だけど、子供だからと相手にされないわ、協力してくれる人も居ないわ、それどころか、訝しげな視線に晒されるわで。
ほとほと困った挙句……結局、養父さんに頼るしかなかった。
8年以上ほとんど口も聞かなかった養父さんに、事情を話して……助けを請うたんだけど。
養父さんは俺へ、こう言った。
 
「聞いた話によると……その少女は、ただ現場近くを歩いていただけで、投獄されたそうだ」
「な……それだけで、どうして!?」
「おそらくは、『ハーフエルフだから』だろう」
 
耳を疑った。
どうして、『たったそれだけの理由で』、投獄されなきゃいけないんだ?
 
「馬鹿なこと言うなよ親父! なんで、そんな理由で!?」
「……馬鹿なのは、お前のほうだ」
 
その時、諭すように静かに、でも、どこか怒りを込めて、養父さんが俺に告げた言葉を俺は決して忘れない。
アレクラスト大陸に生きている限り、ほとんどの場合ハーフエルフたちは、迫害される運命を背負っているということ。
あからさまに差別されたり、職に就けなかったり、無実の罪を着せられることも往々にしてありうるんだということ。
そして、それが……この世界では『当たり前』に行われているんだということ。
 
「待ってくれよ……そんなの、おかしいって。
 だって、母さんも、姉さんも、『あいつ』も……耳が少し長いだけで、他のみんなと、何一つ変わらないんだぞ!?」
 
当たり前であるはずのことが、当たり前じゃない。
当たり前じゃないはずのことが、当たり前。
まだ子供の俺にとって、それはどうあっても、理解も納得もできないことだった。
 
「……それが、この世界の常と言うものだ。お前がもっと、世の中を知れば、分かるだろう」
 
結局、無力な俺には何ひとつできないまま、投獄された少女が処刑されたという噂が流れ。
それから数ヶ月して、あっけなく真犯人が見つかった。
犯人は……火遊びをしていた『人間』の子供で、親にバレれるのが怖くて、ハーフエルフの少女に罪をなすりつけたらしい。
けれども、そのせいで命を奪われた少女のことを、誰一人として省みるものは居なかったんだ。
 
あの日からもずっと、俺は弁当を二つ抱えて、名前も知らないハーフエルフのことを、待ち続けた。
だけど、以降彼女が俺の元に現れることは一度もなくて。
途方に暮れて空を見上げると……真っ白な雪が、おりてくる。
今年の冬、最後になるだろう、儚い雪が。
 
手のひらでそっと触れた瞬間に、解けて消え往く粉雪。
それがなんだか、涙みたいに思えた    
 
 
***
 
 
多分、それが最初のきっかけだったんだと思う。
俺はそれから、何かを吹っ切るように学院の資料室にこもっては、この大陸の歴史書とにらめっこする毎日を過ごした。
 
この大陸の始まりから、今に至るまでの歴史。
魔法王国の人々のこと、蛮族と呼ばれた人々のこと、そして、異種族と人間との関わり方。
様々な本を読み、様々な文献をあさっては、ハーフエルフについての記述を、ひたすら調べて行った。
今思えば…我ながら、異常とも言える情熱の傾けようだったと思う。
 
ともかく、その中でハーフエルフ差別の歴史が根深く、それを多くの人が当然のこととして理解していると知ったとき……自分がいかに馬鹿で、子供だったかを思い知った。
姉さんは……そして、母さんは、ハーフエルフだから、多くの人の偏見に苦しんできたんじゃないだろうか。
そして、父さんは……そんな母さんや姉さんを守りたい一心で、精一杯二人のことを愛し抜いてきたんじゃないだろうか。
俺の推測を駄目押ししたのは、他でも無い……死を間際にした父さんがくれた、最期の手紙だった。
 
「もうすぐお前のところに、アルティーナが行くだろうから、その時は姉弟で仲良く暮らしなさい。
 ちょっとボーっとしたところがある子だから、お前がちゃんと守ってやるんだよ。
 お前にならできると、信じている       最愛の息子へ」
 
後日養父さんに聞いた話によると、父さんは子供をどちらか養子にやると決めたとき、迷わず俺を選んだんだそうだ。
理由は、人の多い街で暮らすのだから、『ハーフエルフ』である姉さんより、『人間』である俺のほうが、偏見に苦しむことがないだろう、ということ。
それに加えて、『あの子ならきっと、自分の見ていないところでも、強く優しく育ってくれるよ』と、父さんがあっけらかんと言ったから……らしい。

疎まれてなんか、居なかった。
それどころか、信じられ、想われていた。
養父さんの話を聞いて、俺は自分の馬鹿さ加減を呪わずにいられなかった。
勝手に思い込んで、勝手に誤解して、勝手に憎んでいた自分が……本当に馬鹿で、ちっぽけで、どうしようもない奴に思えてきたんだ。
 
 
***
 
 
   だからさ、決心したんだ。
 姉さんがこっちに着いたら……うんと、罪滅ぼししよう、って。
 強くなって、どんな時も傍に居て、しっかり護ってあげようって……」
 
ジョッキに満たされたエールを一口あおって、俺はぎこちなく笑いながら、つぶやく。
テーブルの向こうにいる仲間たちが、小さく笑った。
 
「今となっては、それさえも思い込み以外の何者でもなかったんだろうけど……それが、俺の出発点なんだよ。
 『誰かをちゃんと護ってあげられるように、強くなりたい』っていう……さ」
 
エールを多めに腹に流し込んでおいて本当に良かった、と思う。
多分、素面じゃこんな話……できそうにない。
 
「でもさ、今になって思うんだよ……できれば、父さんからちゃんと話しておいて欲しかった、って。
 種族のこととか、そーいうの、何も言ってくれなきゃ、わかんないよな?」
「いや、そういうのはほら、なんとなく分かっていくもんだと思ってたけど……って、本気で分かってなかったの?」
「……それはそれで、レクらしいっつーか、なんつーか」
 
今日も更けてゆく、月光華亭の夜。
この宿に様々な人々が集っていることは……世間的に言えばまあ、異端もいいとこなんだろうけど。
だけど俺は、ここが本当に気に入ってる。
人間も、エルフも、ドワーフも、グラスランナーも……そして、ハーフエルフも。
わけ隔てなく同じ立場として、同じ仲間として、一緒に手を取り合って行けるだろう?
 
そう、俺にとっては……
この宿と、そこに集う仲間たちこそが、『当たり前』の存在だって、胸を張って言えるから。
 
−END−
シスコン弟の知られざる過去、お楽しみいただけましたでしょうか? ちなみに、初恋相手の少女は今、シーフギルドでコッソリ生きているらしいですよ(笑)?
小日向瑞穂@レクシード SWRPG