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涙の雨
いつも何かを失う気がしてならないの、と少女は言った。
考えすぎだ、と少年は返した。
 
少年が考えなさ過ぎだった。
 
 
外は雷雨。
村を賑わせた騒ぎに関して、少年は兎に角傍観を決め込んでいた。
他人同士の事に口や手を出せる程余裕があるわけでも無し。
解決できる保障も無し。
よしんばしたとしても何か取り立てて特になることも無し。無い無い尽くし。
それが、色恋の事であれば尚更であった。
 
「……犬も食わないって、言うしな」
 
喰わないのは夫婦喧嘩であり、少女を塞ぎ込ませている要因とはまた全く違ったものであったのだが、少なくともこの時の少年には気付けるほどの経験も教養も無かったし、ましてや人の機微に聡くも無く、その上で面倒だと感じていたのだから付ける薬も無い。もっとも、気付いていたとしても、何かする気になったかは疑わしいけれど。
 
「アイツも、数日もすれば立ち直るだろうし、その後で話を聞いてやるくらいは良いか」
 
ぼんやりとそんな事を考えている。ただの失恋だろうと当たりを付けて。
 
少なくとも、この時は本気でそう思っていた。
 
 
出会ったときは、回りから見て随分背が高いだけの、取っ付き辛い女だった。
むしろ、遊び仲間のうちでは彼女の『妹』が可愛いと評判だったけど……言葉を交わすうちに、そんな事は全てどうでも良くなっていた。
 
 
夕方から、止む気配のない豪雨。
それから数日して、少女が村を去ったと聞いた。少年は家中転げ回るほど悶絶した。
そんなに悶絶するほど少女の事を想っていたのであれば、何かすべきだったと考えて、今更何をすればいいのか想像も付かない。遣り所の無い怒りを抱えたまま、一刻程掛けてようやく寝床を転げ出た。
既に水瓶は砕け、全ては遅きに過ぎた。少なくとも少年にとってはそうだった。
折りしも、外は豪雨。これだけ降っても、壊れた水瓶には雫一つ留まらない。
 
「一言くらい―――」
 
言いかけて、口をつぐんだ。
何て、贅沢。
どこまで恥知らずの言葉か。
自己嫌悪の海に沈みそうになる心に必死に鞭を入れ、旅装を鞄にブチ込んだ。
 
「ちょっと、アンタ何処に行くの?」
「すぐ帰る!」
 
玄関で母親とすれ違う。この時は、少年は心底そのつもりだった。
すぐに雨粒が続きを掻き消した。
 
 
少女は村長の息子に恋をした。
少年は祝福したくなかった。
 
 
降りしきる雨はどこまでも冷たい。
馬の手綱を取って、少年は村を飛び出した。
 
(何処に行けば良い。何を言えば良い)
 
揺り籠から墓場までが全て決まっていたもの、それはつまり村の中でだけ通用するルールで。
村から離れていく少女には何一つ関係のない物。
ずぶ濡れの地図に目を落としながら、少年は途方に暮れた。
 
「……オマエは、こんな世界を生きていくつもりなのか―――!」
 
誰も知らない場所、誰も彼も知らない人。
見覚えの無い風景の中で、少女は何を求めるつもりなのか。
少年には解らない。
少女が与えられた傷の深さも、それゆえの絶望も。
 
馬は少年を乗せて駆ける。
村一番と謳われた駿馬、しかし彼女との距離は埋まりそうに無かった。
 
 
雨は、全てに平等に降る。
土を巻上げた蹄の跡も、数日もすれば埋まるだろう。
というわけでロザリアと傍観者の少年のお話。案外、少年はひょっこり顔を出すかもしれません(笑)。
arch@ロザリア SW2.0