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あたしのはなし
 小さいころのあたしは今よりもっとかわいそうで、なぜならあたしは自分がかわいそうだって知らなかった。
 
 お父さんとお母さんは別々に旅をしてた。仲が悪いわけじゃなくて、そういう夫婦なのだ。
 あたしは一年ごとに、お父さんの旅とお母さんの旅に交互についていっていた。
 お母さんは行商をしていて、ちゃんとお金の計算をするたちだったので、ものが売れないときも、そんなにひもじくなることはなかった。
 でも、お父さんは魔術師で、いろんなことを知っていて、いろんなことを知りたがっていたけど、お金のことはあまり知らなかった。
 
 お父さんは遺跡を見つけると、ありったけのお金で魔晶石を買って、そこの調査に潜っていってしまう。
 あたしはさすがに遺跡には連れて行ってもらえなくて、近くの町でお父さんが帰ってくるのを待っていた。
 ちょっとしたお金は残していってくれたけど、調査が長くかかるとそれも尽きてしまって、お父さんはもちろんあたしのことは忘れているので、自分の用が終わるまで戻ってこない。自分でなんとかするしかなかった。
 狙い目は旅の人。もとから住んでる人は、よそから来たグラスランナーの子供なんて見ると警戒しちゃうから。
 エルフは勘が良くて足も早いから危険。ドワーフはのろいけど、目線が近いのでちょっと度胸がいる。リルドラケンは大きすぎて、財布のところまで手が届かない。人間が一番多いし、わりと楽。でもたまに思わぬところで失敗する。
 他の種族にはグラスランナーの大人と子供の区別はつかないらしくて、バレて捕まると普通にすごく怒られた。でもあたしが子供だってことをアピールして、おなかがすごくへってて大変だって泣きだすと、許してくれてちょっと小銭をくれたりする人もけっこういた。
 それであたしは、かわいそうっていうことは儲かるってことだって憶えた。
 
 お母さんとの旅も、安全安心ってわけじゃなかった。お金とものをありったけ持って旅をしていると、逆にあたしたちが狙い目のえものになるのだ。
 山賊に襲われたりすると、とにかく逃げる。時には誰かが盾になってくれているうちに逃げる。お母さんはとっても足が早いので、がんばって走らないとはぐれてしまう。でもお母さんのあとについていきさえすれば逃げられた。すごい。
 お父さんとの旅のことや、置いていかれちゃうと大変だってことをお母さんに話すと、お母さんはうまいやり方をおしえてくれた。そういうのもお母さんは上手だったけど、もう自分ではやらないって。なんでって聞いたら、危険なわりに儲からないからだって。
 あたしは食い詰めたスリの子から、駆け出しのスリの子になった。おかげで、次にお父さんと旅をする年には、あたしはあんまりお腹をすかさずにいられた。
 
 そんなふうに過ごして、あたしはまだ子供だったけど、ひとりで生きていけるようになったので、お父さんともお母さんとも別に旅をしたりするようにもなった。
 泣き落としは板につきすぎて通用しづらくなってしまった。あたしたちは本気でかわいそうじゃないとかわいそうに見られないのだ。
 そうなるともう、すっごくえものを狙い定めないといけない。こわい人には手を出さない。えらい人には手を出さない。狙い目はだから、かわいそうな人だ。
 たとえば人の財布をスッてほくほくしてるスリ。これが案外うまくいく。うまくいかなくてもお互いさまだから、あんまり怒られたり叱られたりしない。
 それから、女の人と歩いてる男の人。商売でもそういう人は狙い目だってお母さんは言ってた。そういう人は、いっぱいお金を持って気前よく見せようとする。そのくせ目はついてないようなものだ。
 未熟なころはすごく頑張らないといけなかったけど、うまくやれるようになると、一度の稼ぎで何日か仕事しなくてよくなることもあった。それであたしは、すごい盗賊ほど盗みをしないものだって憶えた。
 
 そんなふうに暮らしてたある日、えものを探してたあたしの目に、人間の子の姿が映った。あたしと同じくらいの背丈。人間だからほんとに子供だ。やせっぽちで、小さくて、ギラギラした目をしてる。ぴーんときた。
 あたしの目は鋭い。思ったとおり。人間の子は、道を歩いていたお金持ちそうな男の人にぶつかった。やった。腕は未熟だけど度胸でカバー。あたしの見立てだと、とったのはほんとに大事じゃないほうのお財布だけど、それでもそこそこ入れてるだろう。いい仕事。
 そこを狙うのが、一枚上手のこのあたし。急いでその場から離れようとするその子にさっと近づいて、さっとお財布をいただき。何事もなかったかのようにその場を去る。
 去ろうとしたら。
 きっと誰がとったのかはわからなかっただろうけど、その子はとられたことに気がつくと、なんと大声で泣き出した。周りの人たちが振り向く。どうしたのって声をかける。
 わあ、たくましい。スリのその子はすっかり被害者になって、みんなにかわいそうな目で見られて、顔をぬぐってもらったり、お菓子をもらったりしている。
 あたしはそれに感心もしたけど、なんだか妙にさびしくもなった。
 
 じきにあたしは大人になって、スリとはちょっとちがう仕事もできるようになった。てきとうな占いとか、てきとうな芸とか。あんまり儲からないけど、怒られたりはしない。みんなちょっと笑ったり、和んだり、安心したり、呆れたり。
 基本は同じ、人をよーく見ること。お父さんはあたしに「見る」って意味の名前をつけた。今は飽きちゃって使ってないけど、あたしはだいたいその通りになったと思う。
 盗みはしなくなった。ほんとうにすごい盗賊は、めったに盗みをしないのだ。
 あたしは自分がかわいそうだったって知った。だから今はそう名乗っている。かわいそうな、かわいそうな、かわいそうなあたし。
 あの時のスリの子は今もかわいそうなんだろうか。あたしはでも、あたしのほうがかわいそうでは負けないってつもりでいる。
 
アザレア@ソロウ SW2.0