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赤心に縹志を重ぬ

with midsuho & fail (Thx a lot!!)      
……どうしてそんな話題になったのか、いつの間にか数人の同じ世代の女子からにやにやと囲まれていた。嫌味半分いじり半分のせりふが降ってくる。
「ヴィオラは恋なんてしたことないでしょ? ナイトメアじゃあ、相手に見向きもされないだろうけど」
 失礼な。15年生きてればあたしにだっていろいろある。
「まあ遅かったかな、でも2年前には済ませたよ」
 なんとか力まず返せば、リーダー格の子がえっ、とこちらに身を乗り出してくる。
「2年前? この町の中で相手にしてくれる物好きなんていないでしょ。外から来た人?」
「それとも……」
 彼女の取り巻きが肘をつつきあって目配せした先には、何のかんのでもう10年ぐらいは一緒にいる幼馴染み達が2人で何か喋っている。
 やれやれ。
 ねちこい視線に気づいて2人がこちらを向く。リーダーが何を得意げにしてか、笑顔を作ってわざわざよく通る声で繰り返す。
「ヴィオラ、2年前に……恋なんか、してたんだってよ」



 あたしが親に家庭教師を付けられたのは7歳の時だ。エルフにしては珍しい黒髪、数年師事してから聞いたことには、どこかの国を興すのも手伝ったという、前線とはいえ、基本さほど多くもないエルフが下級の蛮族を撃退しつつのんびり暮らしているだけの町にはもったいないぐらいの人だったようだ。
 あたしにそれを教えてくれたのは、13の時、町を訪れた旅人だ。彼、ブランはぶちの馬に乗っていて、旅の途中で魔術の師匠に挨拶に寄ろうと思ったという。
 つまり彼は私の兄弟子だ。
「かわいい角が2本生えてる、紫の髪の女の子。ヴィオラちゃんだね?」
 彼は開口一番そう言った。師匠がそんな手紙を書き送っていたそうだ。

 もともと先生の衣食住は我が家ですべて賄っていたのだが、父はこの、冒険者としてそこそこ力があるというブランの資質にも惚れ込んで、彼の数日滞在する分の部屋がしつらえられた。
 いつの間にかメイドと仲良くなっていたり、お稽古の空き時間に遊ぶあたしに付いてきてハクロやユユファと一緒に遊んでいたり、つかみ所のないというか、まあ、今まであたしの周りにはいないタイプだった。
 そして彼は、いつもにこにこしていた。
 先生と何かの問答をしているときだけはきりりとしていたのが、まるで別人のように写った。
 そのうち、彼が腰に下げた細い剣を使いこなすという話が広まり、あたしとユユファが通ってた道場の師範が、興味を持った話まで聞こえてきた。
 ここはのんびりとはしているが、強さをよしとする土地柄でもある。
 父は夕食の席でそれをブランに伝え、彼はすぐにそれを承知した。

 手合わせは二日後に行われた。
 その日は道場が開放され、よそ者の腕前をひとつ見てやろうという町民でごった返す。
 あたしもユユファと、そしていつもは道場なんかには寄りつかないハクロと一緒に試合を見物……むしろ見学するために、縁側から張り付いた。
 ブランの得物は例の細い剣。
 対するのは、あたし達の道場の門下生では、五指に入るという腕前のグラップラーだ。ユユファが時々稽古を付けてもらっている。
「はじめ」
 師範が腕を下ろす。2人は互いの距離を測っている。
 もちろん剣の方がリーチは長いが、ブランは一見ひ弱だ。ちょっとでも拳が身体をかすめれば、すぐに勝負は付くのではないか、この数日でブランとはそこそこ仲良くなっていたので、そんながっかりした気持ちがちらついた。
 グラップラーが何度か誘うかのように拳を突き出した。彼は強烈なカウンターを持っている。そのためのタイミングを測ってるんだろうなあと想像がついた。
 対して、剣を抜いたブランは、いなすようにそれで拳をしのぐ。
 そんなやり取りが二回ほど繰り返された時、急に一瞬、ブランが深くかかとを沈めた。
 マナが見えた。
 次の瞬間、彼は仕掛けた。鋭い一突き。受け手はカウンターを挑み、しかし、届かない。
 剣の一突きは相手にぶつかり、何かがこの時とばかりに弾けた。

「すばらしい。完全勝利ですわ。このままこの町にお留まりくださらないかしら」
 興奮した女性の声が聞こえる。似たようなことを男性も、老人も、子供までが喝采している。
 彼は道場の師範と少し話したあと、宿主であるあたし達と父のところに戻ってきた。
「楽しい機会をありがとうございます。彼、強いですね、この強さがこの町を守っていくんだろうなあ」
「いやいや、君の力には及ばないだろう、洞察力、思い切り、どちらもすばらしかった」
 さっきまでにこにこしてた……今もしてるけど……気安いあんちゃんとは何か違ってしまったような気がした。そんな彼に、おそるおそるあたしは問いかける。
「あの……最後は、どうやったんですか?」
「……あ、ヴィオラちゃんも真語修めてるよね。あれはそっちの修行を……、……ええと、コツが書いてある本があるから、あげよう。俺もそれで覚えたんだ」
「えっ、もらっちゃっていいんですか」
「うん、すごいペラい奴だけどね。何となく捨てそびれてて荷物に入ってるんだ……こっちに置いてあるから、おいでおいで」

 手招きされてあたしは1人でブランを追う。案内されたのは道着や修行に使う器具を置いた小部屋で、あたし達も着替えの時はここを使っていた。
 古びた、でもしっかりものが入りそうな革袋を開けて、彼はするりと冊子を抜き出す。ほんとうに薄い、褪せかけた紅色の表紙の本だった。
「魔力撃……?」
「うん、そう呼ばれてる。剣と魔法、どっちも修行を積んだら、簡単に使えるようになるから」
「……ありがとうございます!」
 いいよ、と兄弟子は鷹揚にうなずいた。
「妹弟子の役に立つなら。そのために今まで捨てなかったのかもしれないなあ……。
……ところで、聞いてもいい?」
 なんのことだろう? 本から彼の顔にぼんやりと視線を戻したあたしに、彼は言う。
「君たちの中では、強くなるの、女の子たちなの?」
「えっ」
 君たち……いろんな意味に取れるけど、たぶん、ここ数日ブランと遊んだ、ユユファとハクロのことだろう、というのはわかった。
「ユユファちゃんといい、前線の町なのに、身体鍛えてるの女の子だけじゃない。ハクロ君はそのへんどーなのよ、向いてない?」
 そんなことを、どうしようもない事実を行きずりの人にどうこう言われたくない。
「ハクロはおうちでコンジャラーの修行をしてるんです、時々先生にも違う知見ってのを聞きに来たりして。ハクロだって強いんです」
「そう? 俺の目から見ると、町を守ることとか面倒なことは女の子たちに任せて、1人楽してるようにも……」
「それ以上言ったら怒ります」
 ほんとはもう怒っていた。
 今言われたことのせいだけじゃない。あたしと一緒にいるせいでいろいろ言われるハクロ。ユユファもそうだ。
 それでも2人は強い。自分が、じゃなくて、あたしが嫌がらせをされてると思ってかばってくれる。怒ってくれる。
 その守りが一層あたしを落ち込ませたりはするけれど、でも、2人のやさしさは正しいことなんだと思う。
 だから一番弱いのはあたしなんだ。いつもいつも。あたしはあたしにできることを、2人のためだけのことをまだ見つけてない。
 兄弟子はぽつりと言った。
「好きなんだね」
……は? 誰が誰を?
 間抜けに口を開けてしまう。
「ヴィオラ、君はきっとあの彼が好きなんだ。だからそうやって怒る」
「そんな……ユユファが同じこと言われたって怒りますよ」
「そうやって2人のあとを付いて回って満足してる?
 でも、それで幸せなようには、ごめん、俺には見えなかったんだ」
「でも、じゃあ、それでどうしろって言うんですか?! ナイトメアなんですよ。あの2人は気にしないけど、一緒にいたら、絶対何かの差別に晒される。この町の中のことならもう慣れっこだけど、最近はどんどん新しい人も来るじゃないですか。移民も始まる。そこにあたしが1人っきりでいられると思いますか?」
 泣けてきた。なんであたしはこんな、どうしようもない不毛なことを喋ってるんだろう。それこそ、気さくだけど数日しか話もしたことない他人の彼に。

 理由はわかっていた。兄弟子の見破った通りだ。あたしは多分ハクロのことが好きなのだ。少し前から、そうではないかと恐れていた。
 3人のバランスは壊れる。ユユファは気にしないだろうけど、あたしは気にする。そして、もしハクロが私と恋人やその先になってくれたとしても、今と同じように接してくれるのかはわからない。
 世話焼く甲斐があって、ゆっくりしてるのに時々何かに突進して、フォローはあたし。
 その間に、ユユファが何かを始めてしまい、フォローはあたし。
 そういうフォローが、あたしのできることなんじゃないか。
 あたしはそういうバランスでずっといたいんじゃないか。
 でも、そんな気持ちをずっと保っていられるものなのだろうか。
 たとえ振られるとしても、気持ちをぶつけて、バランスを壊してしまうことも必要なのだろうか?
「悪い。言い過ぎた」
 ブランが手ぬぐいを放り投げてきた。受け取ったらぱりっとしていて、汗の臭いもしていなかった。おろしたてなのだろう、それを素直に受け取って、ひどい顔をうずめる。
 そこに、開いたままのドアからハクロとユユファが入って来る。なんて顔ぶれ。
「ヴィオラちゃん、お父さんが昼食会始めるか、ら……」
 だんだん尻つぼみになったハクロの声は、剣呑みを帯びてきた。
「……ヴィー」
 ユユファは一言だけつぶやくと、何も言わずに私の手を取って、部屋から引っ張り出した。横目で見たらかなり物騒な顔をしていた。
 最後にブランに振り返ったら、両手を挙げて、何か申し訳なさそうな顔をしていた。

 ブランがこの町を発つという。こっちにしてみれば嵐のような男だった。
 盛大な見送りの前に、こっそり、うちの厩舎に滑り込んでみた。
「強くなりなさい、余計なものを跳ね除けられるように」と父は言う。
「強くなりなさい、成すべきことを成すために」と先生は言う。
 この間泣いたあたしは弱かったのだろう。それはわかる。

「こんな時間に」
 ブランは自分の馬の手入れをしていて、一応そうリアクションしたが、あたしが自分のところに来るのはお見通しのようだった。
「あれからずっと、ちゃんと謝らないとって思ったんだ」
 同じ屋敷にいて、みんなと食べる食事の時間以外は会おうともしなかったくせに。
「それはもういいんです。
 こっちこそ、泣き出したりしちゃってすみませんでした」
「いや、ほんとにそれはこっちが悪いから……」
 しばらく言葉が途絶える。
 それは静寂というわけではなくて、馬が呼吸し鼻を鳴らす音、小鳥がチュンチュンと厩舎の周りを飛び回る声が聞こえている。
 しばらくそれらに耳を傾けたあと、あたしは少し息を吸って、吐いた。
「……あたりです。私はハクロが好き。でも一生秘密」
「そうか」
 ぽんぽんと、頭をやさしく叩かれた。
「でもね、どうしてそれを言わせたかったんですか? あんな意地悪な聞き方で」
「…………そうだな。これでお詫びにするか」
 ブランは腰のポーチから、また薄っぺらい紙を取り出した。……可憐な少女の肖像画だった。
「これ……ご姉妹とかです?」
「何でそっちの発想になるの。恋人だよ、恋人」
「だって、そういうキャラじゃなかったし…… ……恋人さんが、何か?」
 ブランは一瞬、眉間にしわを寄せた。
「彼女は奪われた。蛮族だか魔族だかそれは知らない」
「……追ってるんですね」
 あたしは肖像画をそっと彼の手に戻した。
「ああ。2人でいた時間は短すぎて、何もしてやれなかった。何年もひそかに思ってたのに……告白さえ、彼女の方かからさせてしまった。彼氏失格だよな」
 自嘲気味に、目を伏せる。それで、
「それであたしにお節介してみようと思ったんですか?」
「ま、そだね、お節介だったね」
「いつもはする方なんですけどね、あたし」
 2人で同時に笑った。いろいろ思い当たるところはあるようだ。
「旅の恥はかき捨てですよ。もう一つ、お節介してみませんか?」
「うん?」
「1つ、部外者のあなたに、聞いてみたいんです。
……弱いあたしには価値がない?」

 兄弟子は、真面目な顔で私を見下ろした。

「先生にも親御さんにも……友達にも聞けないことなんだね?
 そんなことないって言ってあげたいけど」
 少しの間、彼は言葉をさがすふうだった。
「それでも、強くなろうとする努力を投げ出したりはできないんだろう?」

 ああ、何という理解か。あたしは笑った。
「あたし、夢があるんです」




   更に最悪なことには、リーダー格の彼女のノリがあんまり意地悪でもなかったからか、ハクロもユユファもその話題に乗ってしまったのだ。
「2年前……? 町のひとってわけじゃないよね。それだったら、絶対ヴィオラちゃんの態度でわかると思うし」
 あんたが言うな。
「まーほとんど一瞬で失恋したしね……」
 ということに、しておこう。だいたいあってる。
「2年前」
「…………あっ、なんだか思い出してきた。ヴィオラちゃんのとこにお客さん来てたよね?」
「……。ヴィー、泣かせた」
「……あー!」
 何もそんなところをピンポイントで覚えてなくても。
「ヴィオラちゃん、僕は反対だよ。女の子を泣かせるような人に、安心してヴィオラちゃんを任せられない。リルズ様の神官さんも、そういう人にはなっちゃダメだって口酸っぱくして言ってたし」
 そんなミニマムな布教してたのか、あのおじさん……。
「ん。ヴィーを泣かせるの、ダメ」
「あたしゃいっつもあんた方に泣かされてますけどね……」
 あの時も。あたしを泣かせたのはハクロであってユユファであって。でも一番は自分だった。
 まだハクロがとんちんかんなことを言っている。
「だから何ていうか……ほら、ちゃんとお互いに愛し合える人を見つけなきゃね」

 まあいい。あたしには夢があるのだ。
 このままの姿で数十年、数百年後、ユユファやハクロの孫の守りをすること。
 そのために、2人にはそれぞれたくさんの孫を持ってほしい。エルフの常識がひっくり返るくらいの。
 まだ2人には言ってないけど、かなりいい夢なんじゃないかと思ってる。

Fin
「それぞれ」のはずが……どうしてあんなことに。
 兄弟子さんは「本から大きな影響を受けたことがある」「告白されたことがある」「大切な人と生き別れている」だったみたいです(笑)
 チェックをしてくれたお二人、ありがとうございましたー!!
紫嶋桜花@ヴィオラ SW2.0