Home | Back

足長おばさんに敬礼 2005.02.26


産経新聞と東京新聞は、他の新聞とは一味違う個性的な記事を載せます。東京新聞をWebで見ていましたら、興味深い記事がありました。


2006年2月25日付の記事
長崎県警に寄付続け 「足長おばさん」半世紀
 「お金は困っている人のために役立てて」−。現金を添えた手紙を長崎県警へ五十年間送り続けた二人の女性がいる。手紙はすべて匿名。送り主について分かっているのは、六十歳を越えるであろう埼玉県と東京都の女性ということだけだ。
 一九五六年三月。県警に「気の毒なお友達にあげてください」と書かれた手紙と現金三百円が入った封筒が届いた。送り主は当時十七歳の「A子」と「S子」。手紙は毎年送られてくるようになり、途中から友人の「Y子」も加わった。 長崎県内の高校の友人だった三人は結婚などを機に県外へ転出。消印や手紙の文面などからA子さんは埼玉、S子さんは東京に住んでいると分かった。Y子さんは病死したが、A子さんがS子さんの現金を取りまとめ送金を続けた。
 六〇年ごろ、三人のことが報道されると全国から寄付が集まり、「A・Sグループ基金」と名付けられた。基金の総額は五十年間で計二百五十三万円に。今年二月十四日。A子さんの妹から現金六万円入りの手紙が届いた。手紙には「A子は体調を悪くしています。五十年を迎え、卒業させていただきます」。県警広報課の職員(46)は「寂しいが、お疲れさまでしたと言いたい」と話した。
 
Y子さんの娘は2004年から県警に現金を同封した手紙を送り続けている。三人の“足長おばさん”の気持ちは、次代に受け継がれている。


高校生だった昭和31年から50年もの間、若き日の清い志を忘れずに、実際にお金を送り続ける。しかも匿名で。口舌の徒が跋扈するこの時代に何とも素晴らしいことです。こういう立派な人たちがいたと知って深い尊敬の念を覚えました。三人の足長おばさん、その志を受け継ごうとしておられるY子さんの娘さんに深く敬意を表します。


ちなみに、東京新聞の記事では、この尊いお金がどのように使われているのか分かりません。グーグルで検索したら、長崎新聞の記事が見つかりました

2004年2月7日(土)付の記事
県警通じ県へ寄贈 A・Sグループ基金
 一九五六年から毎年、県警本部に寄せられている匿名の寄付金が今年も届き、県警は六日、「A・Sグループ基金」として、県愛の福祉基金に寄贈した。匿名の寄付は五六年三月、長崎市内の女子高生二人から「気の毒な友達にあげてください。A子 S子 十七歳」との手紙と三百円が寄せられたのが始まり。以来四十八年間、途切れることなく寄付金が届いている。新聞報道などで全国的に反響を呼び、県警は七三年、二人の名前を取って「A・Sグループ基金」を創設。寄付総額は百十四万円余りに達し、ボランティア団体への助成金などとして活用されている。
 県警広報課の吉房洋課長ら三人が県庁を訪れ、塚原太郎県福祉保健部長に寄付金六万円を贈呈。塚原部長は「大切に使わせていただきます。県のホームページでお礼の言葉を発信したい」と述べた。


だそうです。有効に使われていると良いですね。