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映画「硫黄島からの手紙」を観て 2007.01.25、2007.02.04追記


このほど、巷で評価の高い映画 硫黄島からの手紙 を観てきました。

この映画は、米国人のクリント・イーストウッド監督が、大東亜戦争の「硫黄島の戦い」をアメリカ・日本のそれぞれの立場から映画化したものの一方です。米国側の視点で描いた 父親たちの星条旗 も劇場で観たのですが、退屈な映画で途中で帰ろうかとさえ思いました。完全な制空権と制海権を保持し、圧倒的な戦力で、快適な輸送船に乗って硫黄島に攻め寄せる米軍の中で長々とドラマを描かれても、日本人の私の心にはまったく響きませんでした。敗戦国民のヒガミでしょうか?

そのため、同じ米国人のイーストウッド監督が制作する「日本側の立場で描くと称する硫黄島からの手紙も凡作ではないの?」という危惧を抱いておりました。また、「硫黄島からの手紙」「第109師団長の職にある栗林忠道中将(渡辺謙)が、参謀飾緒と勲章の正章を佩用して輸送機から硫黄島に降り立つ」 という信じ難い時代考証の誤りを犯していることが判明していますので、観る気が失せておりました。


ですが、やはり歴史マニアを自認する私ですので、「戦争映画は劇場で観ないと価値がない」と言う常識に従い某シネコンで鑑賞して参りました。公開から2ヶ月近く経っているのにかなりの入りで、ヒットしている様子が伺えます。

映画が終わり、エンドロールが始まって、しばらく身動きが出来ませんでした。洋画の場合、やたらに長くて文字だけのエンドロールが最後に流れますので、さっさと席を立てるように必ず小型懐中電灯を持っていきます。忘れ物がないか確認するのと、足元を照らすためです。
※邦画の場合はエンドロールに見る価値がある場合、エンドロールの後に何かがある場合も多く、エンドロール自体洋画より短いので、明かりがつくまで席を立ちません。

「硫黄島からの手紙」は、100対1の戦力差を承知の上で、硫黄島陥落を一日でも遅らせようと死闘する栗林中将以下帝国将兵の姿を正確無比に描いていました。硫黄島の周囲を覆う米軍艦船、硫黄島の上を好き勝手に飛び回る米軍飛行機、無限に降ってくる米軍の砲弾と爆弾…私も歴史マニアですからそのことは情報としては知っていましたが、実際に映像化して映画館の大画面と大音響で見せられると、なんともまあ…昨年公開されたやはり優れた戦争映画男たちの大和のように泣かせ所の多い作りではなく、淡々と史実のみが提示されて行きます。泣くことも出来ず、身じろぎもせずに観ているだけでした。他の観客も同様だったようです。心配されたヘンな時代考証もほとんど気がつきませんでした。硫黄島に眠る2万の英霊に、心から感謝と哀悼の意を表します。

この映画、一人でも多くの日本人に劇場で観て欲しいです。特に、「憲法9条は日本の誇り」とか叫んでいる左翼の方に。


映画の冒頭では、「栗林中将が着任した時点では硫黄島には子供や女性を含む定住民がおり、普通の村落が形成されていた。着任早々、中将は島民を全て島から退去(疎開)させることを命じた」描写があります。ウィキペディアの記事によると

「戦前の硫黄島は、東京都小笠原支庁硫黄島村という行政単位であり、小笠原諸島内でも有数の集落があった。昭和18年6月の調査によれば、硫黄島村の人口は、192戸1018人(男533人、女485人)である。」

「参謀本部は1944年(昭和19年)5月22日に、小笠原防備をさらに増強することを目的として第109師団を創設し、栗林忠道中将を師団長に任命し、栗林中将は6月8日に硫黄島に着任した。6月15日、アメリカ軍はサイパン島上陸とあわせて硫黄島を空襲、翌日の空襲と合わせて島内の各部落はほぼ焼失した。その後も空襲と艦砲射撃が続いたため、島民に対しては6月下旬に父島経由で内地へ疎開する命令が内示され、3回(7月1日、7月12日、7月14日)にわけて島民の疎開が行われ、軍に軍属として徴用された者(約230名)を除く全島民が硫黄島を離れ、島民が生活を営んだ硫黄島村の歴史は幕を閉じた。」


とありますので、「概ね」史実に沿っているようです。沖縄戦のように、非戦闘員が激戦の犠牲になり、惨めに死んでいく事態を避けられたのは誠に幸いなことであり、栗林中将の大きな功績と思います。


この映画を観たしばらく後の2月4日の東京新聞に、実に感動的な記事が載りました。(記事がいずれ消えてしまうのでローカルに保存しています。東京新聞さん、ご理解下さい)

硫黄島で戦車第26連隊長として戦死した西竹一大佐と戦前のロサンゼルス五輪の際に親交を結んだアメリカ人のバートレット氏が、戦後20年経った1965年に来日し、大佐の遺族を訪ねた後に、靖国神社で自ら主催して慰霊祭をしてくれたとは何とも感動的なことです。特に、大佐の長男である西泰徳氏の回想する 「彼は敬虔なクリスチャンだけど正式な日本式の慰霊をしてくれた。永代供養料も彼がおさめた」に私は感銘を受けました(永代供養料とは、靖国神社ではなく、西大佐の菩提寺?に納めたものと思われます)。バートレット氏の誠実な人柄が偲ばれますし、そのような人こそが真のクリスチャンだと思います。「靖国神社での外人主催の帝国軍人慰霊祭」というのも恐らく前例がなかったのではと思いますが、それを認めた靖国神社もまた立派です。(2007.02.04 追記)


中日新聞グループの一員である東京新聞は、左翼思想に凝り固まった変な記事を良く載せてネットで笑われている困った新聞ではありますが、こういう良い記事も載せてくれるんですね。この感動的なエピソードを教えてくれた東京新聞さんに感謝します。(2007.02.04 追記)