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少子化は当たり前 2001.11.17、2002.09.14改訂 | 少子化は当たり前・その2(2004年12月執筆)


近年、わが国の出生率の低下、少子化の進展があちこちで問題視されています。大雑把に見ると、少子化の原因として「女性の高学歴化」「晩婚化・非婚化」「出産による離職を危惧しての産み控え」が原因とされているようです。本来望ましい「女性の高学歴化」が悪者扱いされるのも変なのですがね。

なお、少子化と言うのは別に現在の日本に限ることではなく、古くはローマ帝国で発生して、国力の低下、ゲルマン人の大移動による亡国を招いたとされますし、昔はフランスの少子化が揶揄されたりすることがあったと記憶します。


私としては、「親の所得の増加を上回って子育てコストが増えることが少子化の根本理由。少子化は歴史の必然であり、不可避である」と考えます。私自身、結婚して女の子が一人生まれておりますが、二人目の子供は望まないいうのが正直な所です。これは、合理的な判断だと考えております。では、その理由を考えてみましょう。


1. 社会が高度化して、専門的職業につく人が増えると、自分の子供には自分と同等以上の職について欲しいと考えるのが当然です。(可能かどうかは別ですが)

その場合、専門的職業につくには、四年制大学に進学するのは当然、それも一流大学でなくてはなりません。大学を終えた後も、より良い職につくために大学院進学、資格取得(司法試験、公務員試験、会計士試験など)、海外留学などが求められる度合いは、今後低くなるとは思えません。

子供に十分な教育を受けさせ、高度化社会で評価される職業に就くチャンスを与えるには、金と時間がかかるのです。教育を受けていなければ、子供はその他大勢として社会の下積みに甘んじることになるでしょうね。こうした点は、「高学歴の人ほど子供が少ない」という現象に結びつきます。子供を一人前にするためのコストが、収入の増加を上回るペースで増加する以上、子供の人数は減らざるを得ません。


2. 教育についての負担が、社会の高度化によって増大すると言うのは先進国に共通でしょうが、日本の都市部、要するに東京圏で顕著なのが、住まいの問題です。

私は現在3DKのアパートに住んでいて、設備、居住環境、通勤環境などいずれも満足しておりますが、この程度の住宅では、親子3人で住むのがせいぜいです。親子4人では苦しいので、高い住居費を負担するか、居住環境、通勤環境を下げるかいずれかを選択しなければなりません。現実的な選択は、「より不便な場所に移る」「生活水準を下げて住居費を捻出する」でしょうね。私としては、そのような選択は極めて不本意です。

東京に住んでいるサラリーマンは、親から貰った持ち家に住んでいる運の良い人、収入が多くて広い家に住める人を除き、子供は一人で我慢しないと生活水準を維持できないと思われます。二人子供を作れば、(1)で言及した教育費負担が二倍になってのしかかるのですから、家計が破綻しかねませんね。


3. 上記のような理由で、東京に住むサラリーマン夫婦は、子供は一人で、その子供を手塩にかけて育てる人生を選択する可能性が高いでしょう。最近の公立学校教育の惨状を考えれば、周囲からの勧めもあって、私立学校に入れる選択を迫られるかもしれません。

公立学校に行っても、きちんと勉強して、地域トップ高校−一流大学と言うコースを辿れる子供が少なくないのですけど、自分の一粒種がうまく行けると言う保証はないですからね。安全コースを選択したくなるのが人情です。


二人目の子供を作ろうと考えている方は、自分が二人の子供を育て上げることができるのか、冷静に考えてみてください。自信がなくなる方が多いのではないでしょうか。私もそうです。無理をして破産しては何にもなりませんので、無理はしないことをお勧めします。生活水準を一定以上に保ち、将来への蓄えもすることができるでしょう。

先進国が少子化し、人口が減って国力が衰えるのは歴史の必然なので、致し方ないことでしょうね。少子化社会をどう機能させて行くかを考える方がよほど合理的ではないでしょうか?子を持つ親として望みたいのは、「公立学校教育の高度化、ゆとり教育の廃止」でしょうか。

中学校を義務教育から外して、中学校の授業について行けない子供は何回でも留年してもらうか、希望に応じて職業教育に専念してもらうというのが現実的かもしれません。勉強ができなくても、例えば職人としてであれば社会の役に立つ仕事につけるのですから。ドイツやシンガポールの、割りきった教育制度を参考にして欲しいものですね。