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ooooooooooo  NPO法人セーブアフガンチルドレンの会
oooooooooooooooooooo2011年活動報告会

日時:2011年10月16日(日)14:00~16:30
場所:「つながれっとNAGOYA(男女平等参画推進センター)」(名古屋市中区千代田5丁目18-24)
 前日までの雨が上がり、10月としては暖かい日となった中、本会は10周年を迎え、2011年度活動報告会は、多くの皆様に参加していただき開催されました。

1.サーべ代表挨拶(10年間の感謝を込めて)
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2001年に会を設立し、10年目を迎えることができるとは思ってもいませんでした。10年前にアフガニスタンに行った時、男子孤児に比べ女子孤児の厳しい状況を目の当たりにし、大きな衝撃を受けました。自分に何ができるのだろうと不安な気持の中、女子教育施設の話をするために、一軒ずつ孤児のいる家を訪ね歩きました。
開催挨拶をするサーベ代表

0タリバン政権は女児から教育の機会を奪いました。父親が亡くなると女児は母親の血縁関係者の男性のもとで家の中に閉じ込められ、労働者とならざるを得ません。また、9~10歳で結婚させられることもありました。母親になるためには教育が絶対必要との思いを強く持ちました。そんな中で、日本の支援者の皆様から助けられ励まされ、ここまで来ることができました。

0そして、10年前には食べる物がなく暖かいところで安心して眠ることもできなかった子供たちが今、学校を卒業して社会人となって暮らせるようになりました。
0治安は悪くなる一方ですが、そんな中でも子ども達は伸び伸びと育ち、元気よく学校に通っています。これからも皆様への感謝の気持ちを決して忘れずに孤児のために活動を続けていきたいと思います。

2. セーブアフガンチルドレンの会10年のあゆみ
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本会の主な出来事を年代順に写真映像で振り返り、サーベ代表が思い出を
                      語りました。
  この幸せをありがとう

02002年に約22年ぶりに故郷のアフガニスタンを訪れました。レストランで食事をしていた時、おなかを空かせた孤児に食事をあげようとしたところ、それをおいてどこかへいってしまい、いらないのかと思ったら、他の子どもを連れてきて、すごい速さで一緒に食べていました。彼等は姉妹ではなく孤児とのことでした。「学校に行きたい」と話していたことが心に残りました。
 
2002年7月に家を借り、孤児を集めて孤児院を開設しました。当時、児童は30名いました。食事に出たインド米のご飯を見て「おいしいにおいだ」と言いながらいつまでも食べずに見ている子、落ちた米粒を拾って食べる子、「これから毎日食べられるよ」と言ったら「本当?」と信じられない様子の子ども達でした。
  食べることのできる幸せ
 笑顔を取り戻した子供たち

02003年に施設の基本設計が始まり、募金活動により建設工事資金170,000ドルが集まりました。
2005年5月3日に「女子孤児と女性のための自立教育センター『ウミード(希望)』」の開所式が行われました。サーベ代表の夫(故サイエド・ガザンファ・サーベ氏)の意志を受け継いで、夢の実現に一歩踏み出す事ができました。

0また2006年に一般の女性を対象にした識字教室が2007年には裁縫教室と美容教室が開かれました。顔を隠し外へ出られなかった女性達が、この教室を卒業して資格を持ち、自分で店を持つことができるようになり、家族を助けられるようにもなりました。今では、この教室の評判は高く、入学するために順番待ちをしているほどです。

02009年3月には、サーベ代表の亡夫の故郷ガルディーズのコージャハサン村に『女性と子どもが集う学びの家』が完成しました。タリバンの影響が強い地域であるため女子教育を公に行うことができず、26名の男子児童にコーランを教えるという形で開校されました。現在は男女合わせて68名、成人女性も含まれています。

02010年に『ウミード』の敷地内にアフカル学校の建築が始まりました。このアフカル学校に『ウミード』の子ども達63名が通っています。

0今年の秋に『ウミード』のレザ校長から、「日本の支援者の皆様のお陰で10周年を迎えることができました。子ども達は喜びに溢れ、幸せな生活を送っています。アフガニスタンは、日本人の誠実な支援に心から感謝しています。子供たちの清潔さや礼儀正しさ、成績の優秀さに対し首相から表彰を受けました」という手紙が来ました。

3 ザヘル氏(10月来日)のアフガン報告
―カブール市内とその周辺の状況―

 日本人退避勧告発出中、カブールなどで活動したザヘル氏が写真映像を使い説明しました。
  アフガン報告をするザヘル氏

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3年ぐらい前から治安が大変悪くなりました。特に今年は、前大統領の殺害を始め、多くの被害が出ており、被害者の数も増えてきています。今までアフガニスタンの安全に関してはアメリカやヨーロッパに委ねられていましたが、現在は、アフガニスタン自身で自国の安全を責任をもって守ろうとしています。また,ウサマ・ビン・ラディンがパキスタンで見つかったことなどからアメリカとパキスタンの関係も変化してきているように思います。

o経済的な面では、冬が近いこともあり、食物の価格が40パーセントほど上がってきています。
昨年の冬の雪が少なかったため、アフガニスタン全土が水不足に悩まされています。治安が悪くなったので、多くの企業や商人がヨーロッパやアメリカに引き揚げました。そのため仕事が無くなり、失業者が大変多くなりました。
カブールでは、公立学校の評価があまり高くないこともあり200校以上の私立学校が設立されました。国の調査機関から、『ウミード』は大変すばらしい学校であると高い評価を受けることができました。さらに、『ウミード』の敷地内にあるアフカル学校の良い評判も広まっています。TV局からの取材が殺到したほどです。
ザヘール氏が撮影したカブール市内の様子

ザヘル氏が撮影したビデオ映像からカブール市内の最近の様子を知ることができました。整備された道路を多くの車が走っており、建設中の建物も多く見られました。映像の中には、ブルカをかぶっていない女性、男性の同伴者がいなくて一人で歩いている女性、日傘を差している女性の姿がありました。また、若者の服装がおしゃれになって、社会の変化が感じられました。

日本と食物価格を比較した一例として、薄力粉の価格が紹介されました。アフガニスタンでは50kgで1100 AF(日本円で約2500円)、日本での同量の価格は約13000円になります。

4 活動10年の思い出と支援活動の在り方
―質問、意見交換と懇談―

 報告会の最後に出席者の皆様から、次のような感想やご意見をいただきました。

✶今年は日本に大きな地震があり、日本人として自国の被災者を助けるべきではないかという意見もありましたが 、アフガニスタンの孤児のことを忘れないで、少しでも長く支援していきたいと思います。
     懇談会の様子

✶10年を迎えることができて、すばらしい活動だと感動しました。今後も微  力ですが支援を続けたいと思います。

✶一主婦の私がマリアムのホームステイを引き受け一年間一緒に暮らし、 アフガニスタンまで行きました。彼女ら の生活を実際に見てその一生懸  命な姿に感激しました。また、マリアムからは地震による放射能を心配す る電話 をもらいました。これからもがんばろうという思いを新たにしました。
✶10年の歩みを見て支援活動の進歩していく姿がすばらしいと思いました。 ゼロからの出発でしたが『人づくり』と  は国を作ることにつながります。こ れからもがんばってほしいと願っています。

✶ウミードの中の果樹園の実が実るように会の活動も成長し実ってきたと思います。子供たちを救いたいというスタ ッフの純粋な思いが会をこのように育ててきたと思います。
    懇談会の様子

✶この活動を広めていくことが大切だと思います。

✶アフガンの孤児から私達日本人も学ぶことが多いと思います。平和とは何 であるかという大きな問いに対して自 分達の姿をもう一度見直し考えたい と思います。

✶日本が戦争に負けた時は援助をしてもらいました。次は援助する側として できるだけのことをしたい。

✶サーベ代表の夫、故サイエド・サーベ氏が留学生として来日し名古屋大学で経済学を学び、博士号を取得した  時の担当教官でした。その後、彼は、鈴鹿国際大学の教授となり、アフガニスタンの経済学者としては第一人者 でした。突然の訃報を聞いたときは愕然とし、惜しい人を亡くしたという思いで一杯でした。故サイエド・サーベ氏  の思いを引き継いだサーベ代表の活動をこれからも支援していきたいと思います。


平成24(2012)年10月
特定非営利活動法人 セーブアフガンチルドレンの会(SAC)
代表 サーベ GH ファタナ

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