公共事業の見直しを求めて (その二)
 小田急訴訟 最高裁大法廷判決の意義
                      高井 健二
 平成17(2005)年12月7日午後3時に開廷された最高裁大法廷は、小田急線高架化事業認可の取消しを求めて上告していた沿線住民40名(上告人)について、違法性を問う資格(原告適格)があるか否かを審理していたが、行政事件訴訟法の改正を踏まえて東京都環境影響評価(アセスメント)条例の定める関係地域内(線路から概ね1キロ前後の範囲)に居住する37名に「原告適格」を認める判決を言い渡した。
 この判決は、いわゆる平成11(1999)年判決(事業地域内の地権者にしか原告適格を認めない)を大幅に変更するものであり、平成15(2003)年12月18日の東京高裁矢崎判決を覆し、小田急線の当該事業地区6・4キロ(梅ヶ丘駅付近〜喜多見駅)の沿線に居住する約5万3000世帯の住民に原告適格を認めたのと同等の価値をもつものといえる。

 一 判決主文

・東京都環境影響評価(アセスメント)条例の定める関係地域内に居住する37名の上告人(原告)は、鉄道事業(高架化)の認可の取り消しを求める原告適格を有する。
・各附属街路(側道)事業の認可取り消しの各訴えに関する部分は、当該事業地内の地権者4名を除いて、これを棄却する。
・関係地域外に居住する3名の上告人は、原告適格を有しない。

 二 判決理由

 (1) 東京都環境影響評価(アセスメント)条例は、鉄道の新設又は改良など同条例別表に掲げる事業でその実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれのあるものとして東京都規制で定める要件に該当するものを「対象事業」とした上で、「事業者が対象事業を実施しようとする地域及び周辺地域で当該対象事業の実施が環境に著しい影響を及ぼすおそれがある地域」として、当該対象事業に係る関係地域を定めなければならないとしている(2条5号、13条1項)。37名の上告人は、この関係地域内に居住している。
 (2) 行政事件訴訟法9条は、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される。
 当該処分により法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
 9条の趣旨及び目的を考慮するに当たって、同条と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、その法令に違反してされた場合に害されることとなる内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである。
 (3) 都市計画法は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とし(1条)、都市計画の基本理念の一つとして、健康で文化的な都市生活を確保すべきことを定め(2条)、都市計画の基準に関して、当該都市について公害防止計画が定められているときは都市計画はこれに適合したものでなければならない(13条1項)。
 (4) (3)の公害防止計画の根拠となる法令である公害対策基本法は、国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全することを目的とし(1条)、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動等によって人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることを公害と定義した上で(2条)、国及び地方公共団体が公害の防止に関する施策を策定し、実施する責務を有する(4条、5条)としている。
 都市計画の決定又は変更に当たっては、公害防止計画に関する公害対策基本法の規定の趣旨及び目的を踏まえて行われることが求められるものというべきである。都市計画事業が認可された場合に、そのような事業(小田急高架化をいう)に起因する騒音、振動等による被害を直接的に受けるのは、事業地の周辺の一定範囲の地域に居住する住民に限られ、その被害の程度は、居住地が事業地に接近するにつれて増大するものと考えられる。違法な事業に起因する騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護しようとするものと解されるところ、前記のような被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は、一般的公益の中に吸収解消させることが困難なものといわざるを得ない。
 以上4点から都市計画事業の事業地の周辺に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業の認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものといわなければならない。
 平成11年判決は、以上と抵触する限度において、変更すべきである。

三 藤田宙靖裁判官 の補足意見

 行政庁は、都市計画に基づいて実施する事業の施設が将来において利用されることに起因する一定の損害を受けるリスクから、第三者(周辺住民)を保護する法的な義務が課せられている(言葉を換えて言えば、住民には、そのような保護を受ける法的利益が与えられている)。即ち、違法な事業認可がなされることによって、行政庁がこのような「リスクからの保護義務」に違反し、法律上周辺住民に与えられている「リスクから保護される利益」が侵害されると認められるがゆえにこそ、住民に原告適格が認められるのである。
 このようにして保護されるはずの周辺住民の利益が、「公益一般」に過ぎないのか、それとも「個人の利益」なのか、という問題については、「私益」と対立する「公益」なのではなく、「個々の利益の集合体ないし総合体」としての「集団的利益」なのであるから、そこに「個人的利益」が内包されていることは当然である。
 行政庁は、個人に対する前記の意味での保護義務を負うものではないということが、法律上明確な根拠によって明らかにされるのでない限り、少なくとも、事業認可に係る都市計画施設の利用の結果、生命健康等に重大な損害を被るというリスクにさらされている周辺住民からの訴えについて、本来、原告適格が認められて然るべきである。 

四 町田顕長官の補足意見

 藤田宙靖裁判官の補足意見に同調し、次のように付言する。従前、行政処分の取消訴訟における原告適格の要件としての「法律上の利益」とは、一義的に明白でない場合が少なくなかった。被害の程度に強弱のある多数の住民のうちどの範囲の者に認められるかの基準について、根拠法規及び関連法規が定める手続等においてどの範囲の住民を対象としているか、「リスクからの保護義務」は、その指針たり得る。
 本判決が、個々の被害の程度を問わず本件鉄道事業に係る関係地域の内か外かという基準によって原告適格の有無を判断しているのは、この理に基づくものである。
五 横尾和子、滝井繁   男、泉徳治、島田 仁郎裁判官の反対   意見
 建設省と運輸省の間で昭和44年9月1日に締結し平成4年3月31日に改正した「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(建運協定)は、都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関し、事業の施行方法、費用負担方法、その他必要事項を定めることにより連続立体交差化を促進、もって都市交通の安全化・円滑化を図り、都市の健全な発展に寄与することを目的としていた。
 協定に基づく建設省の事務連絡「連続立体交差化事業における側道の取扱いについて」(昭和58・1・6付)の中で、「事業後の日照阻害時間の推計を行い、鉄道線形、関連側道の設計において配慮するものとする」とし、側道を含む連続立体交差化計画を記入した鉄道・側道等計画図を作成すべきものとしている。
 以上の事実から各附属街路(側道)事業は、鉄道事業による小田急高架化に伴い沿線住居に日照阻害が生じることに対応し、環境空間(環境側道)を設けることを目的としたもので、鉄道事業を環境保全の面で支える性質を有し、建運協定の連続立体交差化事業の一部を構成することは明らかである。
 上告人らが、連続立体交差化事業計画全体を見直して、被害を生じさせないよう求めている以上、各附属街路(側道)事業認可についても、その取消しを求める利益を認めるべきである。鉄道事業認可と各附属街路事業認可とは、形式的に見れば別個独立の行政処分ではあるが、その実体的な一体性から、上告人らが、両認可の取消しを求めている本件においては、これを許さないとする理由はないといわなければならない。本件鉄道事業の事業地の周辺住民に対し、本件各附属街路事業認可の取消しを求める原告適格も認める方が、論理が一貫すると考える。

六 判決の意義と今後の展望

 今回の大法廷判決は、原告適格の有無に限定したもので、審理に参加しなかった才口千晴裁判官を除く14人の裁判官の全員一致によるものである。判決は、従来の行政事件訴訟法が原告適格について「処分または裁決の取消しを求める法律上の利益がある者」とし、当該事業地内の地権者に限定してきたのに対し、昨年4月1日より施行された改正法では「法律上の利益」について関連する法令の「趣旨及び目的、考慮されるべき利益の内容及び性質」を勘案することを求めていた。今判決は、法改正の新規定を忠実に反映し、東京都環境影響評価(アセスメント)条例、都市計画法、公害対策基本法等の規定の趣旨及び目的を踏まえて立論されている。加えて藤田宙靖裁判官が、補足意見として「(事業によって生じる)リスクからの保護義務」或いは「リスクから保護される利益」という新たな概念を提起したことが注目される。これに町田顕長官が同調しているのは、既に見た通りである。
 しかし、残念ながら鉄道事業と側道事業を別個のものとして分離したため、側道事業地の地権者ではない33名については各附属街路事業認可の取消しを求める原告適格が認められなかった。これについては五で述べたように横尾和子、滝井繁男、泉徳治、島田仁郎の4裁判官による反対意見があった。鉄道事業と側道事業は、連続立体交差化事業計画という枠組みの中で一体のものであるから分離することはできない。よって鉄道事業地の周辺住民に対し、原告適格を認めるのが、論理的帰結であると。
 これまでの公共事業のほとんどは、許認可権をもつ行政官僚と司法官僚の癒着によって「公益」という名の下に行われてきた。小田急高架化(連続立体交差化事業)は、正にその典型である。一審、二審の法廷弁論での国、東京都の対応をみれば明らかである。行政に対する異議申し立て(行政訴訟)は、ドイツの250分の1、アメリカの18分の1程度だという。2004年の件数は、約2700件で原告の主張が認められたのは約14%に過ぎず、門前払いは約61%に上った。原告適格の壁に拒まれて行政に対する司法のチェックが全く機能していなかったのが現実である。
 この判決は、従来日本の裁判所が行政訴訟に関して「公益」と「私益」を明確に分離し、「公益」は官僚に「私益」は個人に帰属するものとし、「公益」について個人(Private)は争えないとした不文律に公私の断絶を超えて楔を打ち込んだものである。この判決の最大の意義は、従来の「公」と「私」の二元論を突き崩したことにある。この判決によって、行政に対する司法のチェックは、漸く本来の姿を取り戻したのである。
 原告適格の拡大は、全国のダム建設、空港建設、廃棄物処理施設の建設、道路の増設・拡幅、都市再開発等の大型事業による環境破壊に反対する運動に弾みをつけるのは間違いなかろう。
 しかし、喜んでばかりもいられない。入口に立ったばかりである。大法廷判決を受けて、今後、最高裁第一小法廷(泉徳治裁判長)で連続立体交差化事業の認可の適否につて実質審理が行われる。第一小法廷は、泉徳治裁判長ほか横尾和子、滝井繁男、甲斐中辰夫、才口千晴の5裁判官によって構成される。才口千晴裁判官は、審理に加わらないので4人ということになる。幸いなことに泉徳治裁判長、横尾和子裁判官、滝井繁男裁判官の3人は、大法廷審理で更なる原告適格の拡大を求めて反対意見を述べた人たちである。どのような審理になるか全く予断は許されないが、3対1ということで些かの希望は見いだせる。

七 弁護士の声明 (抜粋:05年12月7日)

 本件のような巨大公共事業により被害をうける国民が、自らの被害を防止し、あるいは回復するために、その公共事業をただすことを求めて裁判を起こすことができ、さらにしかるべき裁判を受けることができ、かつ裁判官の聡明な認識と理解をうけ、裁判に勝利することができるならば、それは本人の意思いかんにかかわらず、同様の他の被害者の利益を守るだけでなく、公共事業をただすという、まさに公共の利益すなわち公益を実現することになる。
 民主制社会の存立は選挙に代表される多数決の原則だけでは支えきれない。少数意見にこそ理性が存在し、正義が表現されることが多々ある。この意見が政治や社会に具現するための回路が無ければ、民主主義は崩壊せざるを得ない。この回路こそ、本来三権の一つである裁判であり、裁判所でなければならない。我が国の最高裁判所は、すくなくとも30年以上、総じて言えばこの責務をなおざりにしてきた。
 生命・健康・生活環境等の被害受けている者があっても「法律上の利益」のない者はこれを争えないとして被害者の大部分を訴訟から排除し、他方において、公益を争える筈の客観訴訟では、これを法律で定められたもののみに限定し、全てを立法裁量に委ねてきた。
 国民は本来そこに内在している筈の公私をずたずたに引き裂かれ、そのいずれの権利もほとんど行使できないという状況が、まさに30年以上継続してきたのである。国民一人一人が私的であるとともに公的であって、私益と公益は分かち難く結びついていることは、厳然たる事実であったにもかかわらずである。事業地の地権者だけが争い得るとした平成11年判決こそ、この極致であったのである。
 最高裁判所大法廷は、本日まさにこの判決を覆し、周辺住民の原告適格を明確に認めるに至った。行政訴訟の歴史の中でかってない快挙といわなければならない。なんとなれば、公益と私益を繋がりあるものとして捉えることは、単に原告適格の拡大という量的なものにとどまらず、行政訴訟ひいては全ての訴訟の質の転換を意味するからである。
 今国民は、民主主義の新しい大きな回路を見出したことになる。我々の責任もまた極めて重いと痛感せざるを得ない。