仏大統領選でサルコジ政権誕生
  フランスの社会と政治はどうなるのか
福田 玲三   (フランス問題研究者)
 さる5月6日に行われたフランス大統領選挙第2回投票の結果は、右翼のニコラ・サルコジ候補が1898万3408票(53・06%)を獲得し、1679万0611票(46・91%)の左翼セゴレーヌ・ロワイヤル候補に勝利した。

 仏社会党の分裂の歴史

 これまで、フランス社会党は敗北のたびに割れている。
 1993年、総選挙での敗北後、ミシェル・ロカールは「ビッグバン」を遂行できなかった。2002年、リオネル・ジョスパンが大統領第1回投票で脱落した後、オランド第一書記は党革新を開始するに足る権威の定着に成功しなかった。さらに05年、ヨーロッパ憲法への国民投票で「反対」が勝利した後、社会党は党内で行った全国投票によって危機におちいり、分裂の瀬戸際まで追詰められた。
 95年だけは、ジョスパンが大統領選挙に敗北したあと、社会党は内部分裂をさけた。このときの敗北は、今日のロワイヤル夫人の敗北によく似ている。
 ロワイヤル夫人と同様、ジョスパンは社会党の機関と対立して選挙に立った。得票率も似ている。ジョスパンは47・4%で、このとき第1回投票ではトップに立って世間の耳目を驚かせた。ロワイヤル夫人は46・94%で、今回は、02年におけるような第1回投票での脱落をまぬがれた。
 しかし、得票数では違いがある。今回は有権者数が飛躍的に増え、投票率も非常に高くて、ロワイヤル夫人の獲得した1679万0611票というのは、ジョスパン元首相の得票数を260万票上回っている。大統領選挙における左翼の3回連続の敗北を記録したものの、彼女の得票は社会党候補としては史上最高に達した。彼女の獲得票数は、フランソワ・ミッテランの1981年における最初の選挙のときよりも108万2349票多く、88年に再選されたときの票よりも、かすかすだが、8万6332票多い。

 指導力、路線、同盟関係

 だからロワイヤル夫人の敗北が手痛いものであっても、彼女の資格は損なわれてはいない。
 5月6日の夕方、彼女は野党の指導者として、「政治活動の、政治方法の、そして左翼そのもの革新」をさらに遂行すると語ることができたのも、そのためだ。この点でも夫人はジョスパン氏に似ている。彼は95年の敗北から5ヵ月後に、代議士をすてて第一書記の地位をえらんだ。彼は社会党の活動を再開させ、テーマ別の会議を3回重ね、党を団結させて98年の総選挙にそなえた。そしてシラク大統領が予定を早めて97年に議会を解散したとき、社会党はこれを待ち受け、大統領の思惑とは逆に、総選挙に勝利した。
 社会党の改革が不可避的なものであるとすれば、そして、6月10日、17日の総選挙の結果が、大方の予想どおり、敗北に終れば、社会党にとっては最悪の状況となろう。そのときは、臨時大会がたぶん秋に予想され、そこでは指導力、路線、同盟関係の三つの問題が、党革新のために解決されなければならない。
 まず指導部の問題で、この10年来党第一書記であるオランド氏は、2005年11月のマンス大会で、これが最後の任期とのべているので、たぶん、留任はむずかしい。ロワイヤル夫人が代議士をつづける気であれば、彼女は側近を党指導部に送るだろう。たとえば、フランソワ・ロブスマンで、彼は書記次長、ディジョン市の市長、そして彼女の選挙運動の共同総括者だった。
 路線の問題では、社会民主主義の容認か、左翼への逸走かの選択に党は直面している。ロワイヤル夫人は選挙運動で、北欧の例を取上げており、彼女が社会民主主義革新の路線を守るのであれば、党内左派は分裂に出る危険がある。その際、彼らが優先するのは「進歩主義党」で、これはドイツでオスカー・ラフォンテーヌが社会民主党の左に作ったものがモデルになっている。
 指導部、路線とあわせてロワイヤル夫人が解決しなければならないのは同盟関係だ。彼女が頭に描いているのは、イタリアのプロディ首相による中道から極左にいたる連合のタイプだ。しかし中道のバイルからトロツキー派のブザンスノまで抱える虹の連合は現実的ではないだろう。だが、社会党の左の、緑の党と共産党がともに今回の第一回投票で後退している現状では、バイル氏の「民主運動」との接近もタブー視できないのではないか。

 「68年5月」批判が示すサルコジの戦略

 サルコジが選択しているのは資本の支配的思考である競争価値の優位であり、連帯の価値は無視される。サルコジが選ぶのはどのような形にせよ、市場経済への従属である。彼が大金融、大産業グループに支配された世界から脱出できるとか、脱出を望むなどとは考えられない。これらのグループはさらに、メディアと出版の大部分を掌握している。
 サルコジ氏のイメージには恐怖がつきまとう。郊外の緊迫した問題に、彼が解決を迫られたとき、最悪の不幸が予想され、是非はともかく、彼は郊外居住者にとっては打倒の対象になっている。国際関係で彼の不謹慎な発言はアフリカとアラブ世界で完全な不信をまねいている。米国以外にほとんどいたる所で、彼の印象は最悪だ。彼の仲間はスペインのアズナール元首相であり、イタリアのベルルスコーニ元首相だ。
 サルコジ氏とロワイヤル夫人の両大統領候補は新たな世代として、それぞれに改革の展望を提起したが、サルコジの改革意欲は、労働の価値と個人能力の倫理(もっと働けばもっと稼げる)に依拠する。一方、ロワイヤルの意欲は、社会的対話を拡大強化して、国と企業と労働者のあいだの敵対関係を和らげることにある。これが成長を取り戻すうえでの障害になっているのだ。
 サルコジ戦略が最もよく分かるのは、彼が1968年5月を批判して、われわれは今なおこの遺産にしばられているとしていることだ。彼が狙っているのは権威の確立だ。たしかに68年5月は、あらゆる分野の権威にたいする告発であり、あらゆる階層秩序の否認だ。そこには行き過ぎもあった。しかし、68年5月は決定的で有益な改革の源泉になった。そこからは女性にとっては妊娠中絶の権利や、その他さまざまな成果がもたらされた。68年5月がなければジスカール・デスタン元大統領の世評高い措置は何も行えなかっただろう。
 サルコジ戦略の目的は、68年5月や左翼の文化的ヘゲモニーに異議を挟むことだけではなく、罪悪感をもたずに、国民意識を排外主義にもってゆき、自由主義を支配的な政治思考として推進することにある。ここにわれわれが立会っている退化があり、その均衡が崩れれば急速に憂慮すべきものになる。ここに真の「サルコジ・ショック」がある。彼は避けて通れないとされる経済的自由主義とその精神面への跳ね返りの綜合を体現している。サルコジを悪魔扱いにはしないが、この点では譲歩すべきでない。彼のなかに「ブッシュ」がいるというのは、誤りではない。権力を集中する大統領にたいして、社会党が対抗勢力の役割を果たさなければならない必要性と緊急性がここにある。

【参考資料】
・『ル・モンド』5月9日、ミッシェル・ノーブルクール氏論評
・『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』2218号、ジャン・ダニエル氏論評