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ジャムバンド?

blog.jpg 2000年12月30日。20世紀もあと一日を残すのみとなったこの日の夜、私はロサンジェルスのユニバーサルシティにいた。仕事で滞在中だったL.A.で知人に誘われ、ユニバーサルホールで行われるとあるバンドのライブを見に行くことになったのだ。
 バンドの名はThe Other Ones。ジェリー・ガルシアの死後解散したGrateful Deadの実質再結成とも言えるバンドであり、熱狂的なデッドヘッドの知人は私が音楽をやっていることを知ってチケットをとってくれたのであった。
 とはいえ、私はそれまでGrateful Deadをまともに聞いたこともなかった。それどころかジャムバンドという言葉の意味すらよく理解していなかった。まあ、せっかくだから行ってみっかという軽い気持ちで知人のハーレーのリアシートに跨がった。
 会場は一歩入ったところから煙草ではないものの煙が充満していた。屋内の会場なので、喫っていると係員が注意しに来るのだが、何を喫っているのかに関しては一切お咎めがない。文化の違いに唖然としているところにメンバーが登場した。
 ショウの最初は全員がばらばらに音を出し始めた。ノイズのような不調和がいつのまにか一つにまとまり、1曲目のイントロになっていく。曲の中では歌詞の乗ったメロディーがところどころにあり、その間では延々とインプロビゼーションが繰り広げられる。
 その頃自分がやっていたのは所謂ポップスバンドで、作曲担当者が作ったデモテープにほぼ忠実にメンバーが演奏するというものだった。その時点で5年以上続けていたが、音楽的な物足りなさを感じていた時期ではあった。
 音楽的であるとはどういうことか。そのヒントをこの日このライブで得られた気がした。
 予定調和ではなく、メンバーがお互いのエネルギーをぶつけ合う音のスパーリングのような音楽、この頃から漠然とそんなバンドの構想を思い描くようになった。

ライブ的であること

penguin2.jpg 遡って大学3年の秋、ダリル・ホール&ジョン・オーツが来日公演を行った。ファンであった彼らを見る初のチャンスであったこの機会を逃さぬよう、私もチケットをとって会場に出かけた。
 ホール&オーツと言えばキャリアも長く、数々のヒット曲を持っている。バンドのスキルも高く、安定した演奏を聞かせてくれる。もちろんダリル・ホールの歌唱力はすばらしい。ライブはすばらしいものであった。
 しかし2時間超のライブの中で最も盛り上がったのは意外なところだった。
 ”I can't go for that”、アルバムH2O収録のヒット曲である。この曲の途中、ダリルとジョンはおそらく休憩と着替えのため一度袖に下がった。ステージ上ではバンドだけが演奏し、2人が戻ってくるまでの数分間はサックスソロがつないだ。しかし後から考えるとこの主役不在のサックスソロの間が客席のボルテージが一番高かったのではないか?ということに気づいた。
 それまでもロックやポップスのライブには何度も行っており、感動したものやがっかりしたものもいろいろあったわけだが、一つ言えるのは、CDで聞いて好きな曲をそのままステージで演奏してもらっても盛り上がるとは限らないことだ。アーティストのライブアルバムに収録されている曲が、ベスト版の内容とはほぼ同一とも言えないことが多いのも頷ける。ライブの形態を考えて、どういう方法で演奏するかを考えないと、好きだったあの曲がライブでがっかり、ということになりかねない。
 The Police のアトランタ公演をロドニー&クレームが映像化したSynchronicity Concert というライブビデオがあり、その中で当時の大ヒット曲の”Every Breath You Take"のイントロが始まると、しらけた表情で席を立つ女性客が映される印象的なシーンがある。名曲ではあるが、確かにライブでの演奏はどこか間が抜けて聞こえた。
 我々のように社会人アマチュアバンドである場合、活動の舞台は主にライブであり、とにかくライブで演奏することを前提に曲作りを考える必要がある。話はもどるがホール&オーツのライブでのサックスソロ、つまりインプロビゼーションはライブを盛り上げる大きな要素であると感じた。だったらインプロ部分が曲の大半を占めるような音楽だったらそれは極めてライブ的な音楽ということにならないか?

物語性の向こうへ

bind_free145.jpg日本でも海外でも、ポピュラーミュージックのヒット曲に共通する要素は何か?
まあいろいろあると思うけど、1つ言えることは歌が入っていることではないだろうか。
人間の声というのは最強の楽器であると思う。スキルの高いシンガーの声は無条件に人の心をつかむものだ。それを考えるとヒット曲に必ず歌が入っているのは当然のことと言える。
それでは、なぜカラオケという文化は日本から生まれたか?
タモリ倶楽部の”空耳アワード”でのマーティー・フリードマンとクリス・ペプラーの会話。
マーティ ”ハードロックではエネルギーを伝えること大事だからァ、何を歌ってるかは大事じゃないんデスよ。”
クリス ”でもマーティは好きな曲の歌詞覚えて一緒に歌ったりしたいと思わないの?”
マーティ ”全然!”
レッドツェッペリンもⅣで初めて天国への階段の歌詞だけを中ジャケに載せたというぐらいだもんね。
洋楽の輸入版では歌詞カードが付いていないものでも、国内版では業者が聞き取った歌詞カードを作って、たまに間違えてたり。
ようするに、日本のリスナーにとっては歌詞の内容を解釈するということが非常に重要と言うことができるかと思う。
さて、話変わって一つ質問。あなたにとって音楽とは?
私の答は”意識を変容させるもの”である。
日本のチャートでヒットするポップソングの大半は喜怒哀楽を表現した、感情に訴えかけるもののようである。それはつまり歌詞によって表現される物語の世界であるとも言える。
歌詞によって感情に訴えかけるのは間違いなく音楽のひとつの可能性と言える。しかし、テレビ等のメディアではそれが音楽の可能性のすべてであるかのように扱われ、多くのリスナーが疑いもなくそれを受け入れていることにはやはり違和感を感じる。
より抽象度の高い音楽、人間の感情よりも深い部分にある本能に近いレイヤー、物語性を超えたところにある音楽を自分の手で表現することができないものか。

先達たち

bind_free134.jpg 何を手本にするべきか。
日本にはROVOを筆頭とする独自のトランスジャム文化がある。最初にROVOの音楽に出会ったときは衝撃だった。The Other Onesのときと同様、音同士のインタラクティブな作用によって曲が紡ぎだされる様を聞いて、これを音楽というのではないのか、と思った。
海外、とくにアメリカはデッドをはじめとするジャムバンドの本場であり、カントリー/ブルーグラス、ファンク等さまざまな音楽ジャンルをベースとしてジャムを展開するバンドがある。
その中でも興味深いのは近年その存在を注目されるようになったのはライブトロニカと呼ばれるスタイル。テクノ、ハウス、ドラムンベース等の電子音楽の要素を大きく取り入れたジャムバンドで、STS9、LOTUS、Pnuma Trio、New Deal等がある。
ROVOのようなトランスバンドに比べるといくらか薄味なように聞こえはするが、その分楽曲性が高く、ジャズからの影響を感じることもできる。
そして、SOULIVE。メンバーを集めるきっかけとなったバンドでもある。
強力なファンクのグルーブ、ギター、オルガンを中心としたインプロビゼーションはT.A.N.S.の音楽のコンセプトを固める段階で大きな影響を受けた。
その他、DUB、音響系、ポストロック等いろんな音楽の要素を取り込んでT.A.N.S.の音楽の一部にしたい。
音楽的であること、ライブ的であること。純粋に意識を変容させる音楽。
ライブ回数は20回を超えたが、まだまだやることはある。