※登場するキャラ名は完全にフィクションであり実在する人物とは関係ありません 「BABEL」  何も無い。ただっ広い平原に、一人静かに佇んでいるオレンジの樹。  僕らは毎日のようにその場所に来ていた。  薄ら寒い風が、Tシャツの上から肌を撫でる。自然とザワザワとこちらに語りかけてくる 葉っぱ達。  病弱だった君を、世界の何にも知らなかった君を、その樹の枝の上からの景色を見せてあ げたくて二人して登った。その時初めて握った両手。今も忘れない、君の歌…  僕らは笑った…時には泣いた…時には大泣きもした…  そのオレンジの樹によって巡り会えた時間、思い出、全ての感情が今ではまるで僕の中だ けで伝説のようになって生き続ける。  だから…オレンジの樹が切り倒された日のときも別段大きなショックは受けなかった。伝 説はいつまで経っても錆びる事は無いのだ…  すうねんご。  ぼくは そのちにたてられたかいしゃに つとめることになった。  あまりに偶然な…だけど後にこの再会が必然だった事を僕は知る―― 第一章 決戦 「ウーイツコチピヨフジミ〜ウイウイ」  謎の歌が聞こえます。  いや、果たしてそれが歌なのかどうかも不明。それが、鉄板張りの厚手の扉から漏れてい る。本番直前、BGM隊の予行練習らしい。恐らく。  ここはプリンプリン城。名前の可愛らしさとは裏腹に、いやらしいトラップが侵入者へ張 り手をかまして来る。  思えばそうだ、押せば両端が点いたり消えたりする3×3ランプパネルパズルを筆頭に基 本的な仕掛けは一通り出てきた。追いかけてくる鉄球、飛び出す針山等基本的なトラップも 一通りは出てきた。  夜は深まり、月光に映えるテラスからは、ある一定の間隔で鳴き続ける虫の音が耳に入っ た。古くからある城らしいが、どの文献にもそこに誰が住んでいたのか、どんな国が栄えて いたのかは設定されていなかった。 「ウイウイ、ウイウイウイウイ」  これも何語なのだろうか。 「間違いないみたいね…」  ジュースをゴクリ。命の源であるHP(ヒットポイント)を回復させた少女が、そのしつ こい歌声に対してある確信を得た。  ガッシャンコ!  到底その場には不似合いな自販機から、ジュースがもう一つ落ちてきた。安さ当然おいし さ満点ウマミジュース一缶素敵に105ゴールド。黒髪の、まだ幼さが残る少年がそれを手 にし冷たい感触が伝わってくる前にどこかに投げつけた。それは、少女が座っている方向で もあったが少し的が外れた位置。 「この謎のコーラス(リハーサル)は確かにここで行われてる」 「つまりここがボス部屋本部って話じゃな」  ジュースは確かに手渡された。文字通り手から手に。それは少し奇妙な、手首から上の部 分。白い手袋の姿をしたカーソル的生物だった。しかも自然と会話に参加している。  宙に浮いているから尚更不気味だ。 「主人公にオレンジよ、いよいよ四天王最後の一人ガバボァえあ...!」  キャッチしたジュースが炭酸系だったため、投げたショックでぷしゅうと中身が飛び出し てしまった。  呼ばれた通り、オレンジ色のふわりと肩まで伸びる髪をした、肌には軽いそばかす、青い 羽根突き帽子を被った少女オレンジが冷静にその後の言葉を続けた。  それに対して少年主人公が無言で立ち上がった。  過去の記憶がよみがえる。 「いよいよヨーグル直結の幹部『四天王』最後の一人か…やっとここまで来たんだ…」 「『七曜星』『W6』『ゴレンジャー』…直結幹部いすぎじゃないのって話じゃがなこの組  織は…」 尚、この回想シーン、W6にはどういうわけか肖像権の問題でモザイクが掛かっています。 「ここのボスを倒せば、いよいよジグソーのピースが全部揃う!これで悪の大王ヨーグル教  祖の弱点も丸分かりだわっ」 「 はい いいえ」  主人公はしばらくした後 「→はい いいえ」  そう笑顔で返答した。  そこにカーソル君が茶々を入れる。取り出したジグソーを手に 「まーでも、パズルのピース全部埋めなくても完成図は大方もう読めるわけじゃがな」  オレンジが何故か期待を込めて反論した。 「きっと最後に仕掛けが作動するのよ!」  埋められたジグソーパズルにはおおきく犬の絵が描かれていた。その横には、ちょこんと 『大』の字。一応この物語のラスボスであるヨーグルの弱点が、まさか犬だったとは色々な 意味を込めて信じたくは無いが、残りの望み、いやピースは2つ。  この城を根城にするボスが持ってる筈である。 「例えば犬ーじゃなくて太郎ー!って人が弱点とか…!そうでなきゃこんな匂わせ的なアイ  テムわざわざ幹部達に持たせないでしょ」 「いや太郎が弱点ってのも相当なアレで…」 「………」  ここである事に気付いた。3人が同時に。そしてそれぞれの顔を確認して頷く。辺りはす っかり静まっていた。 「どうやらリハーサルも終わって向こうさんも本番準備OKらしいな」  カーソルが言った。 「それではHPも回復した事だし」 「→はい いいえ」  最後の点検です。 「予備のウマミスナック、ウマミジュースの買いだめもOK」  背負っているリュックの中身はいっぱいだ。 「ガスの元栓も閉めて。クーラーのスイッチも忘れずに切った」  なんの話だ。 「それではいざ参らん!ボス部屋へ!」  主人公が、錆付いた観音扉を力一杯に押し開けた。扉の外のかがり火が部屋の中に注がれ る。塵と埃が舞い上がってるのが微かに見えた。  部屋の中には数人、数十人。光が射して徐々に顔が見えてくる。妙なお多福の仮面を被っ た連中だった。先ほど歌の練習をしていたのはこいつらだとすぐに気付いた。  ストっ…  ヴゥェーーーーーーーーーーーーー〜〜〜〜♪  何オクターブか高い、耳をつんざく様な音がした。  音の正体は部屋の奥にあった。徐々に天井から螺旋状となった灯りが、一つずつ明るさを 取り戻していく。見えたのは部屋一杯に収められたパイプオルガンだった。  まるで部屋一室が大きな楽器のよう。巨大なホールを作りあげている。  パイプは一番短いもので1センチから長いパイプは約6メートルと部屋の一番上まで伸び ていた。2000本を有に越すパイプの数が圧倒的だが、視線を下に落とすとその鍵盤の一 つを押した人影が座っているのが見えた。 「デロリロデレデラリロレロデロリロデレデラリロレロ…♪」  黒髪の後姿が見える。まずオレンジが驚いた。 「ま、まさか嘘でしょ!?」  小汚い土色の布地で出来た服。見覚えがあった。正面からその男を見ると、確実にその驚 きは確信へと変わっていただろう。仮面を被っていた。ニコニコ顔に小じわが二本。半月模 様に開かれた口。まじない師か何かが付けている様な何重にも重ねられたネックレス。 「あいつっ!前に倒した筈の元七曜星リーダー・ババロア2世じゃない!?」 「デロリロデレデラリロ♪」  演奏が途中で止まった。こちらの様子に気付いたようだ。いや、部屋に入る前から初めか ら気付いていたのかもしれないが。 「ホッホッホ…」  不気味な、確かに聞き覚えのある笑い声。 「お久しゅうだわねデロリロデレデラリロ♪」 「それ口で言ってたんだ!?」  思わずツッコんでしまった。パイプオルガンは素人にはそう簡単には扱えないので、単な るここでは背景と見てもらった方が宜しいらしい。 「ホホホッホッホ、バベル計画…そして前回の偽総理大臣計画の時にはお世話になりました  わね。あの時のエネルギッシュな攻撃、かなり感じたわよ」  ババロアは言いながら立ち上がった。ザッと効果音が入るが、象さん型スリッパをここま でエレガントに履きこなせる人物は、そうはいないだろう。  右手が長い袖の中に隠れて見えない。左手で持つ扇子をパタパタとさせる。  主人公の目が真剣に光る。 「随分と驚いてくれて、アタシもさぞや満足。そうです、こちとら四天王に出世したの…ち  なみにっ!お前達は気付かなかったかもしれんけどアタシは元ジャニィズW6のリーダー  でもあったのだホ!」 「 はい→いいえ」 「いやアンタそれはウソでしょ」  オレンジは、おばさんの手つきでそれは無い無いと横に手首を振った。気付かれないよう カーソルは色紙とペンをサッと収めた。  パチンっ――  扇子が閉じられた音。  それを合図にしたかのように同じく仮面を被ったコーラス隊の皆さんが、一斉に歌詞本を 持ち上げた。あまりに息のあった行動に、思わぬ風を切る音が聞こえた。 「ア〜〜〜〜♪アア〜〜〜〜♪」  主人公に向けられた扇子。主人公もポワンと魔法で片手に剣を出現させた。  かなり大振りな剣。 「おしゃべりはここまでにしときましょうか。昇進(レベルアップ)した私の力の前にひれ  伏し…涙味のラーメンをすすりなせぇ勇者よ!」  デッデッデッデッデッ♪テケテケテケテーン!  ババロア2世が両手を振り上げこちらに凄い勢いで走ってきた。と、同時にどこからとも なく流れてきたBGMが調子を合わせて場面を盛り上げようとした。  素早くカーソルが彼をターゲットにマークに付いた。するとだ、その左上に、彼のステー タスが現れる。Piっという効果音と共に。 『ババロア2世:HP6000。MP420』  当然以前に戦ったときよりも強化されていた。主にMP(マホウポイント)。こいつは強 敵だ。城内で戦ってきた雑魚達、ラブリーラブリー、ゾンビ、ギャルソンドラゴン達にもレ ベル的に苦労はさせられたが、ボスクラスになるとどうしても長期戦が予想される。MPの 多さが最後にものをいう戦いもあるということだ。  だが、どうしても負けられない理由が主人公達にはあった。  それは…いつの日か、世界征服を企むラスボスを倒し、世界にエンディングを迎えさせる 事…  主人公は剣を逆さに握りなおした。猛進してきたババロアの鉄扇攻撃を刃で受ける。扇子 から出る魔法攻撃第二波の軌道を変えた。それは地面を伝い、入り口側の壁に直撃。ガガガ ガっと銀紙が剥がれるかのように、装飾された壁はむき出しの石の塊をあらわにさせた。 「オーイデマーセイケニエヨー♪ウイ!」 「ウイっ!」  こちら側の攻撃もしないわけにはいかない。  どこにでもいそうな、極々普通の少年、服装のセンスもTシャツにクリーム色のスラック スという特徴も何もない彼だが、これまで冒険の長さだけ付き合ってきた重い剣を軽々と扱 えるのは村人大勢いてもそうはいないだろう。それが、ババロアが彼を勇者だと言わしめる 証拠でもあった。  部屋の再リフォーム代金を心配するババロアが作った、一瞬の隙。  そこを狙ったまでは良かったのだが、しかし斬ったのは空気、それだけだった。  ヒラヒラと、いや正確な表現を用いるならばクネクネと紙の様に避ける敵さんの動きは非 常に厄介であった。 「サーサゲヨオドレヨカミヘノオンド♪ドドドドドドドラチャンガッ、ウイ!」  ダダダダダダダダダダダダダダダダダっ…♪  オーケストラピット、略してオケピ、その場所が重厚な音楽によって振動する。コーラス 隊の歌もいよいよヒートアップする。 「ウイっ!ウイウイっ!」  カーソルは思った。 「(な、なんて、なんてウザイ戦闘音楽なんじゃ…!)」 「手に汗握ってる場合じゃないわよ手!私達も援護するわよ!」  オレンジは言った。  交錯する剣と鉄扇。火花が散り、その扇子はどこでお買い上げなさったか気になるところ だが。激しい戦いの中、ババロアは背中の異変に気付いた。 「ムっ!ムムムっ!このムズがゆさは例のカーソルちゃん!」  オレンジの周囲にたちこもる風。 「ターゲットセット完了。我と共に汝の名前を呼び起こせ 漆黒の手と歩む その契約は虚  空より現れん 刃よ 具現化せしその命を奪わん」  主人公はスウっとババロアから身を引いた。 「うぬぬぬっ」 「ドモホルンリングス!」  ドドーーーーーーーーーーーーーン!  爆発音に似た風と煙がババロアを包み込む。ぶわっと一瞬静かになっとかと思うと今度は それより激しい突風がターゲットを襲った。 「こしゃくな」  ババロアは2本目の扇子を取り出し、それを広げ、まるで自分が生み出した魔法かのよう に。龍が巻きながら昇っていくかのごとく、突風を天井に打ち消し上げた。広げられた扇子 には両方とも日の丸が描かれていた。  一方、オレンジはそのあどけない両目を光り輝かせていた。 「ババロア2世からレアアイテム『ムースシールド』を盗んだ!」 「そういう魔法だったんかい!あーた達アタシをなーめきってるわねぇ!」  紛らわしいエフェクトに怒り奮闘。 「フホホホホホ…アタシに2本目の扇子を抜かせた事を後悔させてやるわー!」 「ウーイーツコヨフジミイーキヨシコノヨ〜♪」  主人公はオレンジを庇った。  さてはてここは舞台裏。一緒に計画に加担したにも関わらず、カーソルがオレンジに説教 をしています。 「無茶な行動は慎めって話じゃろに!」 「盗めたのがお金だったらまた反応違ってたくせに…」 「いくら不死身のペンダントを装備しとるからといって傷はしっかり残るんじゃから。主人  公の心配を増やしてどうするんじゃ!」 「わーたしだって大王を倒す冒険に出てるんだから、傷の一つや二つぐらい…」 「痛ぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」  突然の悲鳴。舞台表からだった。  主人公がトドメを刺したわけでもなく、逆に刺されたわけでもなく。 「自分の扇子の紙角で指を切ってしまったホホー!」  アホキャラであった。泣きながらババロアはパイプオルガンにすがりついた。 「しくしくしく…まったく…さすが勇者だわね、私を再三打ち負かすとは」  しらけ汗をかく主人公…  オレンジが、計算通りとでも言いたげそうな顔でカーソルと主人公に自慢した。 「ネ、戦闘強制終了する前に盗んどいて良かったでしょ!」  一応…主人公達はババロア2世に勝利した!パズルのピース1つをゲットした!  いわゆるこれはイベントバトルと言って、主人公がどう行動しても勝ち進めるバトルが中 にはあるのだ。  ババロアの言う通り今まで再三戦ってきたが、そのどれもこれもこのパターンに準ずるも のだった。過去の偽総理大臣事件の時も、途中でお邪魔が入って戦闘は回避されたし初めて 彼と出会った、七曜星が守りしバベルの塔での戦いの時も結局は自滅の道を歩んだのであっ た。 「しかし!」  ヴゥエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪  部屋にパイプオルガンの不協和音が広がった。思わず主人公は耳を塞いでしまった。  ババロアは、そんな音にも負けないぐらいの甲高いキーキー声で吼え出した。 「生贄の血が強者であればあるほど、ヨーグル様を神への一歩に近付かせる事が出来る!ユ  ー達が捧げる血のジェラートはどんな味がするのでしょうねぇ。ホッホッホ!」  ごごごごごごごごごごごごご……  滅茶苦茶に押されたかと思われた鍵盤だったが、その不協和音が何かの合図か鍵になって いたのかもしれない。部屋が…いや、城全体が震度6ぐらいの地震かと思われるくらいに揺 れ始めたのだ。部屋に入ってきた時には目立たなかった、非常口『EXIT』の電灯が赤く 点滅し始めた。  しかし、コーラス隊の皆さんも、オケピの皆さんも、誰一人この場から離れる者はいなか った。主人公達もババロアと対峙したままだった。  そう、ババロアは自滅の道を歩もうとしているわけではない戦いはまだ続いているのだ。 「もしも…もしもよ…?このプリンプリン城が変形(ムービー付き)してアナタ達の敵とな  ったら?ユー達はそれに勝つことが出来るでしょうか?」 ババロアは、誰知らず仮面の下でニヤリと口を動かした。 「ホホ、無駄にコーラス隊にババロア賛歌・第四楽章まで覚えさせてるわけじゃなくってよ  …?」 デケデケデン! ――そこでDISK5は終了した。 第二章 (株)ジグラート  一斉に拍手が沸き起こった。  ステージの上には、頭部装着のヘッドマウントディスプレイを付けた男が一人。お客は一 人もいないが、代わりに拍手を起こしているのは、一対一でPCとにらめっこしていた大勢 のプログラマー達であった。  ステージ上に座る男には、ヘッドマウントディスプレイの他にも色々なチューブが繋がれ ており、口には酸素用のマスクみたいなものが付けられていた。そして、その後ろには巨大 スクリーン。空と大地の一枚画をバックに『DISKを交換してください』とだけ表示さ れていた。  眠たそうに目をこするスタッフ達が思い思いの言葉を発する。  それぞれがそれぞれのデスクに座っている。 「取り敢えずお疲れさんですー」 「ふぃ〜…じゃあオレ、いったん交代しますわ」 「あぁ、やっぱしあのウイウイソングは音楽班強制参加だったんだ」  ステージ上の男は動かない。機械の下から少し覗かせるその顔はまだ少年の面影を残して いた。スーツ姿がどことなく似合わなかった。  少し離れた場所。一階分の高さから、まるでスイミングスクールの子供を見守る親達のよ うに、ガラス張りの向こうでホっと肩を撫で下ろす中年の男がいた。同じく、下の階のプロ グラマー達と一緒に軽い拍手を起こしていた。 「DISK5。プレイ時間8:32でコンプリート」  頭に、タオルをターバンのように巻きつけたその男が言った。 「いいんじゃない、バグも特に発生せずに」  今度は若めの男だ。黄色い縁の眼鏡をかけ、髪は茶髪。独特のファッションスタイルでい るこの男は、この階では特に目立つ変わった類の人間だった。  キーボードに軽く触ると、今度は机の上の方眼紙に目を向け、何やら書き込み始めた。  ゲームソフト『BABEL』の世界のマップ用紙だった。  世界のマップは広いので、パソコンで編集するのが基本だが、最終的には全部ここで紙に 変換させる。紙のほうが一度に大勢の人間が見れるし、なんといってもコピーが出来る。コ ピーしたマップに町の人や宝箱、世界マップならモンスターの分布を書き込んでいける。1 枚のマップをコピーして何回も使うというわけだ。それがこの男流のやり方だった。 『DISK6に入る前に30分の休憩に入ります』  会場にアナウンスを流した後、 「山吹さんコーヒーを入れてきますね」  そう言ったのはストレートの髪が良く似合う若い女性だった。  山吹という名前は、頭にターバンを巻いた濃い目の顔の男に向けられた言葉だった。  山吹はこのゲームのプロデューサーだった。 「あぁお願いするよ」 「順ちゃんオレもお願い、ネっ」  茶髪の男が調子良くそう付け加えた。  アナウンスの女性が部屋から外に出ようとするとき、スゥーと扉が自動的に開いた。部屋 の外側からのお客様だった。 「やあー!まさにおはよう。ネット中継の方でゲームの進行具合は見せてもらってたよ」  デーンっと登場したのは、これまたアクの強そうなおっさんだった。少年時代の頃は、そ のかっ開いた目玉もさぞや可愛いともてはやされていたのかも知れない。んが、今となって は不気味なだけだ。そして、なんといっても頭皮と髪の間部分にやや違和感を感じられずに はいられなかった。  茶髪の男、ネームプレートには小野竹と書かれているプログラマーが言葉を合わせる。 「いやーおはようございますぅ」  そしてその横に座るプロデューサーに耳打ちする。 「…って、あの人誰でしたっけ山吹さん」 「いい加減会社周りぐらい覚えろって…」  呆れた様子だった。 「ウマミダマ社の社長。例のスポンサー様だ」 このゲームに投資してくれている大事なお客様というわけだ。 「イヤハハハハハ、まったくピコピコゲーム世代で育った人間としましては未だこんなゲー  ムが登場するなんて信じられないですよ」 「そう言って頂けると私共も光栄です」 「イヤハヤハヤイヤ…」  ウマミダマ社長が顎をさすりながら、そこに生えている髭の感触を楽しみながら言った。 「まさに神となったわけですか、この会社は。ゲームの舞台のため一つの仮想世界を創って  しまわれたのですから。次世代ゲームソフト『BABEL』。プレイヤーは仮死状態に入  りまさに現実さながらのRPG世界を楽しむ事が出来る…!」  ガラス越しにプレイヤーを見つめる。 「ってマジかよスゲー!そんなゲーム実際に作れちゃったわけー?!」 「アンタ仕様書読んでただけかよ!」  とっさに小野竹がツッコミを入れた。 「さっきまでネット中継見てたってオタクは…!」  山吹が黙ってその口を押さえつけた。 「我が社ジグラートはこのゲームがエンディングを迎える時、既存のゲームソフトメーカー  から生まれ変わるのです。NASAが地球外世界へ旅立つ宇宙ステーションならば、ジグ  ラートはゲームの世界に旅立つバーチャルステーションへと進化する」  主人公:YOU  職業・勇者。大統領の命を受け、世界征服を企むヨーグル教へと立ち向かう。  ヒロイン:ORANGE  謎少女。旅先案内人カーソル君と仲良し。羽根付き帽子と胸のオレンジマークが特徴的。  モニター(テストプレイヤー)からの声 ・なんといっても世界がリアル。本当にその場にいるような感覚。 ・もっと世界に介入したい!強制イベントが多すぎ! ・ストーリーがありきたり。 ・ヒロインが可愛くない。 ・ヒロインが旅についてくる理由が最後まで分からなかった。 ・たまにあるループ会話がひく。「はい」と「いいえ」だけの会話が寂しい。 ・音楽がカッコイイ!  ジグラートは元々小さな電子メーカーで、ゲーム屋に転身したのは10年前だった。その 時に出した最初のゲームソフト『ドラゴンファンタジー』は酷いもので、ゲーム雑誌には散 々扱き下ろされたものだった。  勇者の血を引く主人公が魔王を倒しに行くという、システム、ストーリー、どちらもまぁ かなりオートドックスなRPGなのだけど、実は魔王は自分の父親であり、その父親はライ バルの母親で最後はみんなで協力して母親の父親の名付け親を倒しに行くというよく分から ないものだった。  ところがそのラストダンジョン&エンディングが無意味に長く、休みの日丸々使わないと 見れないことから、当時の小学生には、フリスピー扱いとしてよく空を駆け抜けたものだっ た。  こんなエピソードもある。  学校となりに住む小学生が、クリアしたエンディング見たさに、クラスの窓から家の窓を 通じてカーテンに隠れながらそれを迎えようとしたという話。  今でもこのソフトを持っている人間がいるのだとしたら、かなり貴重なレアもの扱いにさ れるだろう。  もっとも、ジグラートとしては消したい過去になるのだろうが…  しかし、ゲームソフト『BABEL』の完成は、エンターテイメント界を乗り越えて、そ れは大きなニュースとなっていた。 「山吹さん、またマスコミの方がいらっしゃてましたよ」  コーヒーを持って来てくれた女性、順子が山吹に事を告げた。 「おっとそういえばもう朝だったな」  窓が無いこの部屋では外の様子が分からない。  山吹は、一人訝しげに目線を落とした。 「天才ゲームデザイナー『ランド』…ジグラートの今や中核…恋人の死に目の時もデスクか  ら一歩も離れる事は無かったというが、その噂もあながち嘘ではなかったかもしれんな…  異常なまでの今回のゲームへの取り組み」  その目線の先は、微かに呼吸音だけが聞こえるヘッドマウントディスプレイの男の方に向 けられていた。尊敬と嫉妬。若きその才能への。 「この取材も私ではなく、BABELとランド中心のものになるだろうな…」  ここはゲームメーカー・ジグラートの7階。普段は何かの発表会に使うフロアだったが今 は違う。客もマスコミも一人も中には入れず、関係者以外立ち入り禁止。その代わり、ネッ トでのホームページにてリアルタイム放映がされていた。  プレイ制限は一人まで。家庭用ハードでは到底考えられない、複雑なプログラムを持つゲ ーム。この先考えられる進化としては、一度に4人までのプレイ制限が挙げられよう。  ちなみに主人公以外の他のキャラクター達は人工知能AIを使って自動的に動いている。 それぞれの意思を持って。ちなみにとは言っているものの、プログラマー達が一番苦労した のはこの部分だったと断言してもいい。  まともな対話は出来ないものの、こちら側の行動に対して自分の意思でものを考え、世界 に少しずつ影響を与えていくシステム。  今日は『BABEL』の完成試写会。プレイヤーはランド自身。ジグラートがここまで急 成長出来たのはランド無しでは考えられなかっただろう。この連続プレイ耐久イベントもま た彼自身が提案した事だった。  彼の頭の中には完璧なる一つの世界が出来上がっていた。  ランドは、今、何を考え、何を望んでいるのであろうか。  もうじき休憩時間は終わり、次なるステージへと進んでいく… 『これよりBABEL再開DISK6へと入ります。スタッフは定位置までお戻り下さい』  ぎょろ目のウマミダマ社長が、いつの間にか下のフロアに移動しており何やらスタッフ達 に茶々を入れていた。感じの悪そうな男だが、何故か彼らプログラマー達の間でクスクスと 笑いが起きていた。ゲームの中の登場人物に、この社長をモデルにした悪役キャラをこっそ り入れていたからだった。 『これよりBABEL再開DISK6へと入ります。スタッフは定位置までお戻り下さい』  小野竹はコーヒーを飲みながら、紙面の上に置かれたそれぞれのコマを子供のようにいじ って遊んでいる。  ランドの背後に設置されているスクリーンが真っ暗になった。と思うと、今度は『NOW  LOADING』と表示された。  巨大コンピュータがカリカリと音を上げる。 『それでは。行ってらっしゃいませ、ランド=ジェリーフィールド様』  ぶぁん!  再びランドは、現実世界からゲーム世界へと飛ばされるのであった… 「えっ?」  一声目はオレンジが上げた。主人公は「はい」と「いいえ」以外基本的に喋る機能は持ち 合わせていないからだ。  不思議な空間だった。  カーソルが声を張り上げる。 「こ、これがプリンプリン城の本当の姿!?…なのか?」  そう一瞬思えたが、同じ場所に立っているババロアの様子からしてどうやら違うようだ。  線と線だけの世界。それがどこまでも続いている。緑色の何とも居心地の悪い空間。地面 を見るとどこに立っているのか分からなくなる。そもそもどこが地面なのか。  そこに、色々な場面を映した、プラズマテレビもビックリの薄型平面的な映像だけが主人 公の周りを漂っていた。太陽の下、大草原を進む主人公達。飛行船から脱出しようと駆け抜 けていく主人公達。  きょろきょろとオレンジは何処に視線を合わせれば良いのか迷っていた。 「ここは一体どこなんじゃ…」 「えっと…えっと…」  耳に入るのは人込みに紛れるような雑音ばかり。  辺りを見渡す主人公=ランド。ジグラート7階の会場はそれよりも更にざわめいていた。  スクリーンをじっと見つめる小野竹。冷や汗というものを初めて掻いたのかもしれなかっ た。バケツ一杯の水を頭から一度に被せられた気分だった。  黄色い縁の眼鏡。そのレンズ二つに、スクリーン上で慌てている主人公が反射されて映さ れる。 「えっ…こんな場所テストプレイの時にあったっけ?」 「いやオレはそん時いなかったから」  ザワリ、ザワリと下層フロアも声を上げていく。  今までに無い出来事。  口より先にまず指が動いてくれた。震えながら、扉の方に向けて。 「順ちゃん、あーゴメンけど…コーヒーのおかわりとそれとプロデューサーさん呼んできて  くれるかなぁ」 「ここってプリンプリン城…だよね、だってさっきまで私達は」  オレンジが言った。 「おいババロア答えろ!」  ババロアは答えなかった。答えることが出来なかった。 「おいっ!」  表情の見えないその仮面の下では、どういう気持ちになっていたのだろう。飛行している 幾つかの映像の一つを凝視していた。主人公達もそれを見た。  すると辺り一面の景色がまたしても変わって、4人はどこかの神殿のような場所に立たさ れていた。カビ臭いニオイが鼻をツンとさせそうだが、無臭のまま。 「観念しなさいババロア2世!そしてヨーグル=カップ!」 「どわっ!?」  オレンジは自分の声に驚きの声を上げた。どういう状況かというと、更にドッキリ、目の 前にもう一人の自分がいるではないか。主人公もカーソルも。  そしてババロア2世も。 「わ、わたし達がっ二人いる!?」  画面の世界に吸い込まれたようだった。  向こうの自分達は、どうやら見えていないのかこちらには気付いていない。  しかし本当に驚くべき事は他にもう一つあった。全身に寒気がした。禍々しい気でその部 屋全体が覆われている。部屋の奥にはもう一人のババロア2世がいる。そして玉座には… 「幾多の試練を乗り越え、よくぞ我が真実の顔を瞳に映してくれた…」  男が玉座から降りてくる。 「しっかり覚えておけ…これがこの世で一番神に近い男の顔だヨウ」  その男こそ、このゲームのラスボスである、倒すべき最終目的であるヨーグルであった。  今までは<謎の声>としてしか耳にすることの無かった声。黒いビッチリとした髭面で、 被られた魔導師の帽子で目元までは良く見えなかったが、案外、その方が良かったのかもし れない。もしもその目に睨まれたなら、たちまち足がすくんで動けなくなったであろう。  引きつった口元でヨーグルは笑う。むき出しの歯が恐ろしい。  何が可笑しいのか。  追い詰められているのは自分だというのに。  ヨーグルは、横に立たせているもう一人のババロアに突然手をかけた。人の形を成り立た せているが、その手はゴム手袋をしているのと間違えそうなぐらい真っ黒に変色していた。  そして… 「ホホ?」  主人公達は今見ている光景さえ夢の世界だと捉えていたが、それから起こった出来事に関 しては特に信じられなかった。  状況を把握できないまま、オレンジは大口を開けて驚いた。 「何をなさるのですヨーグル様っ」 「今までご苦労であったババロアよ…最後に…己の命を主へと差し出し我輩の血の一部にな  るんだヨウッ!」  ヨーグルの手がズルズルとゼリー状に溶けていき、ズルズルズル…それが大きく覆い被さ ってきた…! 「あんぎゃだば〜!」  案外間抜けな最後の声を上げて、ババロアはヨーグルの中に落ちていった。  溶け込んで行った。  後には何も残らない。ただ、元の形状に戻ったヨーグルを残して。 「くくくく…」 「ム、ムゴイ…自分の部下さえも生贄にしてしまうのか!」 「そんなことしたって無駄よっ、既にアンタの弱点は割れてるんだから!」  後ろからもう一人の自分達がしゃしゃり出てきた。兵器のような物をしょいこんでいる。 「な、なんなんじゃ」 「何が起こってるって言うの…!?」 「何をじっとしてるんだ今すぐDISKを止めろ!」  怒鳴りつけたのは、戻ってきた山吹プロデューサーだった。 「すぐにDISKをチェンジさせろ!典型的なこれはプログラムミス、バグじゃないか!」 「バカな!?テストプレイの時は何も起こらず本来のイベントが起きた筈なのに!」 「分かるかオイっ、起動するDISKの順番が間違っていたんだ。本来ならDISK6をセ  ットして動くところを、どういうわけかコンピュータがDISK7を、最後のDISKを  セットしてしまったんだ。あれはまさしくDISK7の冒頭のイベント。何でこれだけ人  数がいてこの異変にもっと早く気付かないんだ!」  ランドは、主人公達は、自分達の未来を見たのだった。  そして主に消される忠実なしもべの最後を見たのだった。 「………」  ババロアはじっとその光景を凝視したまま動かなかった。自分の最後の場面を見ながら何 を思っていたのだろう。ゲーム画面は元の線と線の世界に戻っていた。そこで、ババロアは こちら側、ジグラートスタッフ達の方を振り返った。仮面の奥の瞳孔が開いていた。 「…何を見てるの……お前達は一体だれな…」 「!?」  そこでDISKは6枚目に取り替えられた。 第三章 夢見るエンディング  バベルの塔。  それは、16世紀の画家ピーテル・ブリューゲルが描いた絵画が有名であるが、実際に存 在していたと伝えられている。現在はその基盤しか存在していないが、推定される塔は縦・ 横・高さともに90mの大きさの四角錐で、7段上になっており、頂上へはらせん状の階段 が設けられていたという。  旧約聖書にはこうある。  東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。  彼らは「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。石の代わりにレンガを、しっ くいの代わりにアスファルトを用いた。  彼らは「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされる ことのないようにしよう」と言った。  主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て言われた。 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。こ  れでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼ら  の言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」  主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。  こういうわけでこの町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル) させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。  ――これが全文である。  世界は、人は言語はこうして分かれあったと伝えられている。  ジグラートはある意味、現在のバベルの塔と言ってもおかしくは無かった。衆知を集め、 人が一致して働けば神の領域だって侵す事が出来る。「BABEL」というゲームソフト名 もそういうところから付けられたのかもしれない…  ズンドコドッコ♪ズンドコドッコ♪  ここは、バルギラーナ地方東に位置するズンドコタウン。  太鼓やら笛やらの音がする。  他の街とは違っていて、専用のBGMが付けられている。それがズンドコうるさい。主人 公達がゲームの中盤に訪れた事のあった、祭り事の大好きな街だった。  そこに、小さな酒場がある。  酒場の名前は『BAR 8号玉』。  はっ!と気が付けば主人公達は8号玉のカウンターに座っていた。  静かに回る天井の扇風機。 「あーいよ!」  花火がバチバチ。ストロー代わりにさされたそれは、青色のカクテルジュースと相まって カジュアルさをアピールしていた。 「ウマミダマ・NEOカクテルソーダお待ちどう!」  主人公も、オレンジも、カーソルもそこに座っていた。ババロアだけはいない。 「久しぶりのオレンジちゃん達の来店記念祭だから、今日はお金は取らないよっ!」 「おぉーさすが話が分かるって話じゃマスタ〜!」  しかし主人公とオレンジは、いつまでも夢心地の気分でいた。勿論悪い意味で。良い意味 であるわけがない。  花火の火がようやく消えて、カランカランと中の氷をかき混ぜるオレンジ。それに気付い たマスターが、隣の客との会話を止め話しかけてきた。 「あーなんだなんだ浮かない顔して?」  BARと言う名前が付いておきながら、オーダーされる注文はおしゃれチックなものばか りでありながら、その顔は渋さが詰まった居酒屋のご主人みたいなマスターだった。それも その筈、彼は『8号玉』という店の名前が示すとおり、街の花火職人でもあったのだ。 「せっかくプリンプリン城を落としたっていうのに…なんだってんだい」  自問自答する。  果たして自分達は、プリンプリン城を、ババロア2世を撃破する事が出来たというのか。 そして自分達の見た物は。何故いきなりこんな場所に飛ばされているのか。 「お二人さんともっ」 「え?」  オレンジがマスターの呼び声にようやく気付いた。 「あっ、私が浮かない顔してるって?ハハハ、やだなぁ、お店の雰囲気が、アタイをストイ  ックな気分にさせてるのよ…ふふっ」 「似合わんからやめて」  大人の雰囲気にはまだまだ程遠い演技だった。  カーソルは、その指先にグラスを浸けて手袋に染み込ませながら満足してる様子だった。  3人は「さてと」という感じで、落ち着きを取り戻した感じで、先ほど見た光景の推測を 始める。主人公は二つに一つの選択しか出来ないがそれでも会議に参加した。 「大統領には連絡しておくつもりじゃ。ヨーグル教の新たな罠かもしれんからな」 「四天王も一応は全員倒したんだよネ」 「それ全て込みで早急に解明してもらうよう頼んでおこう」 「→はい いいえ」 「あの世界…一体なんだったのかしら…」 「集団催眠か。はたまたヨーグルが作ったプロモーションビデオか…」 「はたまた、ここに来て第二世界の存在が歪みとして現れ始めたか」  最後のセリフは違うぞ。BARのマスターの飛び込み意見だった。しかし単純AIのサブ キャラが考える考察としてはいい線を行ってる気もする。  いつの間にやらカウンター側に座っていたこのオヤジ。主人公は優しい目でマスターを見 つめた。  マスターは続ける。 「一緒にズンドコ鉱山を攻略したオレ達ぁ仲間じゃネェか…悔しいが、戦力にはならんが…  協力出来る事があれば、また言ってくれネェかいよ」  そうだこのオヤジには一度お世話になった事があるのだ。 ヨーグル教幹部の『ゴレンジャー』を追い詰めるときのイベント。線香花火を片手に鉱山を 散々歩き回り、荒地を舞台にとにかく火薬量が半端じゃない戦いをしたのはDISK4の出 来事だった。あれは実写でやると本当にお金がかかるだろう。  無論ここはバーチャル世界。プログラム一つで納涼花火大会だって始める事が出来る。  このマスターに、先程のヨーグルと別次元世界の話をしても仕方が無いと思い、ここは別 の話題を取り出すことにした。  バン!とリュックから取り出したのは例のジグソーパズルであった。 「これはね、完成させるとヨーグルの弱点が分かる魔法(?)のジグソーなの」 「フム…どう見ても犬が浮かび出てきそうな勢いだな…」 「犬が出るか蛇が出るか」 「そしてこれがババロアを倒した時に手に入れた最後のピース達」  今度はオレンジのスカートポッケからそれらを取り出した。  だが、その時点で何かがおかしかった。何故、『それら』なのか。手に入れたピースは一 段階目のババロアを倒したときの1ピースのみ。どうしてここで全てのピースが揃っている のだろうか。やんややんやといつの間に後ろに集まってきたギャラリーに、その疑問はいっ たん打ち消される事となった。 「…これを、ハメると…!」  ドキドキ。ドキドキ… 「ハメると…!?」  てっきり犬となるとばかり思えてた『大』という漢字の部分が…パカラパッパパーン!  心太へと変化した!…ガガーン! 「犬の絵関係ないやん!」 「なんなんだよ、弱点がところてんって…!」  ギャラリーが去っていく… 「帰ろ帰ろ…」  まーだ弱点が犬の方がもっともらしかった… 「あ〜いやぁ俺達にはナゾが深すぎるかなぁ。あはーはーはー」  マスターも誤魔化しながら苦笑する。そしてオレンジは 「だめだめ!いくら並び替えても退魔の剣や銀の矢にはなりゃーせんから!」  やけくそになってパズルを強引に組み替えようとしていた。ぐしゃぐしゃに。 「あぁーたったこれだけの手がかりでどうやってヨーグルに挑んでいけばいいのよ〜!だい  たい何このふざけた答え!弱点じゃなくて単に嫌いな食べ物が出ただけじゃないの?」  思い返せば、あの異次元世界で持っていたロケットランチャー型兵器、ところてん製造機 に見えなくも無かった。  今度は主人公に当たるオレンジ。首根っこを掴まれグラングランと揺らす。製作者ランド =主人公であるが故に、イベントの内容を知っていた立場から何も言えなかった。  そこに、新しい声が飛び込んできた。 「何を悩んでんだい」 「かーちゃん…!」  裏口から現れたのはマスターのおかみさんだった。 「アナタ達が初めてこの酒場にやって来たときは、手がかりも何も敵の大ボスの名前すら分  からなかった筈だよ?」  そう言いながら主人公の顔を覗き込む。 「…どれどれ…?それはみんなの期待を受けてこれからラスボスを倒しに行こうとする勇者  の顔じゃないわねぇ。アンタ達もだよ。子供達にだけ重荷を背負わせておいて自分らは真  昼間から飲みあかしかいっ」 「あーいやそんなウチの店を全否定するような発言を…」 「辛い事から逃げてばかりじゃ、いつまで経ってもレベルアップはしないんじゃない?」  そこで一息入れた。 「もう夢じゃないんだよ…?この世界にエンディングが訪れる!何者にも脅かされる事の無  い平和な世界が、もう目の前まで来てるんだ!」  おかみさんの一言で、店内は時が止まったかのように静まった。そして主人公も。 「そうかっエンディングかぁ…!」  少しずつ。だんだんと、それまで以上に店内の客が一体となり大きな声となる。 「…そうだ、そうなんだよな…」 「世界中が待っているエンディング!」 「オレっちの子供が産まれてくる前に何とかして間に合って欲しいなー」 「絶望にくれてた俺達を救ってくれたその言葉!」  世界は混沌としていた。街の外はモンスター達が這い蹲り、襲われる街も少なくない。そ こに現れたのが勇者とエンディングという言葉だったのだ。大王を倒せば…エンディングに さえ辿り着けば… 「そうさっ主人公は勇者サンだけじゃない!一人一人が大きな目的に向かって今こそ立ち上  がる時なのだ!」 「オオーーーーーーっ!」  おかみさんが笑いながらオレンジ達にフォローをする。 「知ってると思うけど祭り事に弱いのよ、ここの人たちは」  主人公とオレンジはニコリと返した。 「楽しみにしておきなさい。エンディングを迎えた暁には、この店一番の飛びっきり大きな  花火を打ち上げてあげるから。その代わり…最後のカーテンコール、キャスト表には主人  の名前を入れてくれないかね。きっと、うちの人も喜ぶから」 そう言うおかみさんの横半身、バグってよく見ると壁にのめりこんでいるではないか。オレ ンジは思わずジュースを噴出した。 ざざっざ。ざーーーー。 不気味なノイズが画面を通り過ぎていく…   BAR8号玉を出た主人公は、最後に言ったマスターの言葉を思い出していた。 『大王の弱点の事はしばらく俺達に任せておきな。それまでに決着を付けておくんだぜ。お  前達が抱えてる浮かない顔の原因に』  確かに、その問題についてはゲーム製作者自身である主人公も気にかかっていた。それに いつの間にやら手に入れていた二つ目のパズルのピース。本来起こるべきイベントがスッポ リ抜かされているのだ。しかし、主人公からは、何故か元の世界に戻って原因を突き止める 気配は無かった。  太陽が真上に昇っている。  主人公とオレンジは、街が一望出来る大きな丘の上に立っていた。カーソル君は大統領の いるホワイトハウスへ通信に向かっている。  ズンドコタウンは、ズンドコドッコ♪ズンドコドッコ♪エンディング前夜祭と称して気が 早すぎる神輿を担いでいた。  オレンジが、そんな祭り気分の街を見ながら無口な主人公に語りかけた。思い返せば、二 人っきりになるのは初期のイベント以来だった。 「私達もすっかり忘れていたね。気が付きゃもうすぐエンディングなんだよ。勿論その前に  大王ヨーグル教祖を倒す大きな仕事が残ってるけど」 「→はい いいえ」 「夢にまで見たエンディング!その夢以上に想像付かなかったのが、まさか自分が旅に出て  エンディングを目指して旅してる事なんだけどね」 「………」 「ぷはーーーーっ」  思いっ切り草原の茂みに倒れこむオレンジ。背伸びをする。 「一体どんなフィナーレになるのかなぁ…パレード?う〜ん、それともなんだろう」  主人公もその横に座る。 「小さい時におばあちゃんからよく聞かされたの。それはね、話を聞くたびに内容が違っち  ゃってたんだけど…ぶっちゃけ今ではどんな話だったか忘れちゃったけど。とてもステキ  な事なんだなっていう事だけは覚えてる。その思い出だけは今になっても変わらない」  暖炉がある部屋で、ベッドに座りよく聞かされていた。幼い頃のオレンジと今の彼女が重 なる。  神輿の音が遠ざかっていく。そっと冷たい風が吹き草木が揺れる音がする。 「ねぇ…私が一緒になって旅に付いて行ってる理由も、それまでに語られるのかな…」  垂れ声上げる。一瞬の静寂がその場を走った。  そしてしばらくした後、主人公は『はい』と選択肢を選んだ。  オレンジは続ける。 「この物語が終わっても…まだまだ私達の思い出は続いて行くんだよね?」  主人公は、ハッとした…雲の影が通り過ぎていく。何ともいえない表情を顔に表した。し かし主人公の答えを待つ前に 「〜〜〜!あー!何言ってるのかしら私、旅をしてる理由、さっきエンディングを目指すた  めって自分でさっき一人語りしちゃってたくせにーーー!それにまるでヨーグルを倒した  らまるでお別れしちゃうみたいな言い方しちゃって。何考えてるんだろう私の脳内。それ  よりも私の事よりもだよ!」  オレンジは立ち上がった。 「いつかは聞かせて頂戴よ。今度はキミの家族の話。故郷の話。ゆっくりと」  主人公に向けて指を刺した。 「それこそ!エンディングまでにネ!…あっ」  その時遠くからカーソルが戻ってくるのが見えた。何やら酷く焦っている模様だった。 「やっとこさカーソル君帰ってきたみたい。おーい!…大統領さんからは何か情報を得られ  たのかしら」  大きく手を振る。まるでそれまでの雰囲気を打ち消すかのように。カーソルは近くまで来 て躓いた。ゴロンと鈍い音がする。 「ヨ!ヨ!ヨ!」  ズサァァァァァァ!  タイミング良くこけながら、声を発するカーソル。歌舞伎の見得きりにも聞こえなくも無 い。なんだろうと二人はカーソル君に近付いて起こす。   しかしその後信じられない言葉を二人は聞く事になる。 「ヨーグルが…!」 「殺された…」 第四章 バグ 「!?」 「なっ……!」  もしも言葉を喋る事が出来ても、主人公は驚きのあまり何も言えなかっただろう。もしも これが悪い冗談でないとしたら何だというのだろう。唖然としたまま微動だにしない主人公 に代わってオレンジがカーソルに詰め寄る。 「こ、殺されたってちょっとどういう意味よ!意味不明意味不明意味不明!」  砂にまみれたカーソル。 「ワシだって今でも半信半疑じゃ!」  頭を鈍器でガツンと叩かれた気分。自分達が倒すべきラスボスが、先に誰かに倒されたと いうのか。しかしその弱点は主人公達とBAR8号玉の人間にしか知らない筈。ストーリー 上ありえない事だった。  明らかにこれはバグ。プログラムミス。  あの異世界での体験といい、この世界に得体のしれない何かが起こっているのは確かだっ た。  カーソルも相当急いで戻ってきたらしく、息をハァハァ何処からかさせている。  取り敢えず、側に置いていたリュックからウマミジュースを取り出し飲ませる。 「ハァ、ハァ…まぁ驚くのも無理は無い、大統領さえ事を伝える声に震えがかかっていた」 「本当だとしたら一体私達以外に誰が?!」  オレンジが言う。 「現在総力持って調査中との話じゃ。まさか8号玉のマスターがやったわけでもあるまい」 「だけど…!一つ根本的におかしい事があるじゃない。ヨーグルの居城は?未だ突き止めら  れてないのに!」  声を高らかにする。 「それなのにどこからそんな死亡情報が流れたというの…!?」  ふいに背後から気配がした。  機械的な、今まで聞いたことの無い声。 「その答え…」  ベチャリと音がした。  何か大きなものが落ちてくる音。 「推して知るべし」 「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」  顔は見たことがあった。それは明らかにヨーグル。ヨーグルの死体。それが何百ものコー ドに巻かれ主人公達の後ろに存在していたのだ。  一方こちらは現実世界。  スタッフ達も唖然としたまま画面を食い入る様に見ているしかなかった。一体何が原因で 何が起こったというのか。  ウマミダマ社長が、シナリオフローチャートの紙を揺らしながら独り言の様に呟く。 「いやはやはやいや…これは何かの演出かね。そうだろうね凄いね…」  プロデューサーが咄嗟にその言葉を聴きつけ答える。 「各キャラクターは実際の人間とほぼ変わりなく人工知能によって動いております。それに  よりある程度は基本に沿いながらも各個人フリーシナリオで楽しめるわけです」  山吹プロデューサーは、そっと椅子を後ろに動かし、目線を真っ直ぐ変えないまま黄色い 眼鏡の小野竹に囁いた。 「ネット中継している回線を全て切れ。関係者以外、絶対フロアの中にいれるな」  こんなキャラクター入れた記憶も見たことも無い。企画書の段階でもいなかった。  3人の男、いや性別さえも分からない。顔は吸い込まれそうなぐらい暗闇に深く、そこか ら蜘蛛の足のような触手が8本伸びている。まるで虫の様だ。体は足が見えないほどの長い 装束で着飾っている。  ヨーグルは確かに倒すべき相手。エンディングを迎えるため必要不可欠な条件。だがその 姿はあまりに残酷だった。両腕を広げ、巻きついたコードから赤い液体がしたたり落ちる。 オレンジはショック状態に陥った。  極めて冷静に、カーソルが3人に問う。 「訪れた平和に手を取り合い、この喜びを分かち合う前に。お聞かせいただけませんか。誰  です一体。貴様達は」  3人の声は区別が付かなかった。 「生まれたばかりで個人名はまだないんです」 「失礼致します。顔グラフィックはまだ用意されてなくて」 「仮に教団内では東方より来たりし3賢者と呼ばれております」  バカ丁寧な喋り方が気持ち悪い。 「教団内ってまさか…ヨーグルは内部で…!?」  カーソルが驚く。  主人公は失神しかけたオレンジの側に付き添いながら話を聞いていた。 「我々信者が付いていくべき主は神に近い男などではない」 「我らの主はあくまで『神』」 「全能なる『神』なのである…」 「何!?」 「神は万の知識を用い我ら教団に説いてくれました」 「争いほど下らなきものは無いと」 「上っ面だけではない…真のエンディングをこの世界にもたらせてくれると神は約束して下  さったのです」 「真のエンディングじゃと!?あんな猟奇的なやり方でヨーグルを倒したところで、通常のエ  ンディングと何が違って来ると言うんじゃ!」  大きなしこりを感じざるを得なかった。  確かにこのゲームの最終目的であるヨーグル教祖は倒された…しかし、なんだろう。主人  公は勿論の事、本来ならおめでたい事なのにそこには恐怖の影がちらついていた。 「…真のエンディングとは…」  オレンジが主人公に掴まりながら起き上がる。  東方3賢者達が続けさまに言った。 「誰もが運命という鎖から解放された世界」 「生きるも死ぬも神次第。全ての流れは自然のままに」 「しかし…その真のエンディングを迎えるためには、まだ、条件が足りない…」 「まさか…」  画面を見つめ、ランド主人公のやり取りを聞き続ける山吹の心臓は、ドクンドクンと鼓動 を早めていった。 「…まさか…!」 「神が…アナタ方をお待ちしております。もう一つのフラグ、スイッチを立てるために」 「電源リセット!仮眠装置を即解除しランド氏の安全を確保だ!」  山吹が叫んだ。と同時に、順子が一階のフロアにアナウンス。全ての機械の作動停止を命 じた。 「ダメです!リセットロックのまま何もかも作動しません!」 「山吹プロデューサー!公式ホームページはひとまず閉じさせましたがっ、回線が!どうし  ても切る事が出来ません!」  …何もかも悟ったかのように、小野竹が独り言の様に呟いた… 「手馴れたもんで…先手は打たれていた。ハックですよ…」 「何だと?」  ウマミダマ社長が聞き返す。  ハックとは、コンピューターシステムの動作を無断で解析したり改造することである。元 はといえば高い技術力を駆使してシステムを操る、技術的探求という意味として使われ、悪 い意味では使われてはいなかった。そのため、区別するために他人のシステムを不正な操作 で操るクラック、クラッキングとも呼ばれている。  つまり…ゲームのシステム側が、『BABEL』そのものを乗っ取ったという事になる。  それが、今起こっている既成事実だ。 「前代未聞だ…!」  バン!と机を叩く山吹。そしてもう一度。  ゆっくりと目を瞑る。責任は自分にある。思えば何処から歯車が狂い出したのだろう。  その隣で、ウマミダマ社長が訳が分からず訊く。幾ら呑気なこの男でも今が非常事態とい う事ぐらいは分かっていた。 「ど、どういうことかね。説明してくれ、何が起こっているというんだ」  小野竹が代わって答える。 「神ってのが何処のどいつだか分かりませんがねぇ…ヨーグル教の残党が、どうやら勝手に  目的を変えやがったようで」  小野竹は気付いていた。奴らの真の目的を。 「もう手のつけようがありません。遅すぎたんだ。奴らの狙いは、ゲームからの外世界…こ  のジグラートビルのメインコンピュータ…!」  3賢者が喋る。 「懐かしいでございましょう…勇者と神が初めてお会いになられた場所。そこは最初の冒険  の地でもあった筈」 「バベルの塔、最上階にて我らの主がお待ちしております」 「きっとここへ来る…!ゲーム世界を完全にプログラム上から乗っ取るために!」  バベルの塔はジグラートビルそのままがモデルとしてゲーム世界に登場したものだった。  そして、その最上階に自分達がいる。  バベルもまた全7階、それは神話と同じ設定にしたもの。奇しくもこのゲームもDISK は7枚構造で出来ていた。 「ハ、ハハハっ」  見ると半分後ろ向きで両手を挙げウマミダマ社長が喚き散らしている。 「意思を持つコンピュータの反乱というわけかっ!」  その目は正常ではない。 「まるで出尽くした3流小説のようなお話ですな。いやーははは、ゲームメーカーというの  はどこもこんな面白い場所ばかりで?」  ズルリと、汗でその頭上に被っていたカツラが少しずつズレていく。大画面に映し出され た3賢者に向かって叫んだ。 「おい貴様らっ!そこから俺を殺して見せるか!えぇ!?回線が繋がってるっつー事は、最悪  プログラムを乗っ取る事で俺の会社だって潰せることが出来るって訳だろぉ!オイ!」  後ろから、小野竹が言う。 「回線自体を切る手立てもありますが。ウイルスとなってヨーグル党データが他コンピュー  タへと無限増殖している可能性もあります。既にどこまで奴らがシステムを侵食している  のか分からない今…それさえも無意味なのかもしれない。社長さんの言う通り、やろうと  思えばゲーム内部から現実世界を乗っ取る事も可能ってことですね、本当に最悪のパター  ンを考えた場合ですが」 「一つの望みがあるとするならば…」  今は落ち着きを取り戻した山吹が、肘を付き、手を握りながら言う。 「…プレイヤーが、製作者本人である事だ」  願いを込めながら。 「(既に事態には気付いている筈。頼みましたよ、ランド=ジェリーフィールド)」  山吹はそう頭の中で祈った。 第五章 バベルの塔  FINAL DUNGEON。バベルの塔。  かつてヨーグルが少しでも神に近付こうとするために建てられた塔。  ヨーグル教最初の幹部、七曜星の居城でもあった。  階段状ピラミッドに似た重層構造。窓や扉の無い入り口が何百も口を開いている。  風が唸る。砂埃が舞う。  霧でかすんで頂上が見えないその塔。それでもまだ、主人公達の介入により建設途中のま まの状態なのである。  それがまた建設が再開され始めたというのだろうか。今まで、もぬけの殻となっていた塔 の前には、敵対心むき出しの輩がうじゃうじゃと集まっていた。  ゲストを待っていた。勇者という名の。  砂の塊で出来た化け物。唐傘を帽子代わりに被ったマスコット的キャラクター。それに通 常の人間の何倍かはある巨大ガエル、その口の中に入り込んでいるジェントル風な小人。ま だまだいるぞ、コーヒーカップを手に持った爆発気味の髪型男。  彼らにカーソルを合わせるとこう表記された。 『煩悩一〇八人集』 「ナハハハハハハハハ!」 「神に代わってオレ達が勇者に断罪を下すぞッ!さぁ来るがいい、仕留めたヤツは新幹部昇  進へのチャンスだァ!」  ごぉぉぉぉぉぉぉ…!  カーソルの指先がどんどん奴らに近付いていく。  どんどん、どんどん…  そしてそのまま巨大ガエルの図体に激突した!なんと、これまた巨大化したカーソル君だ った!主人公とオレンジはその背中(?)に乗っている。カーソル君、実はそういう隠れた 能力を持っていたのだ。  ぶつかった小人は外に吹き飛ばされ、カエルの化け物の方は砂煙を上げながらバベルの塔 の壁に直撃した。レンガが崩れていく。 「来たなっ、勇者よ」  ネズミ耳の被り物をした女が叫ぶ。 「取り囲むんだぁ!」  他のモンスターやヨーグル教信者達が言った通りに取り囲んでくる。   無勢に多勢とはまさにこの事。それでも主人公達は怯む事はなかった。 「デコっ」  中指を親指に重ね、地面を突く! 「ピィィィィィィィィン!」 「ガビーン!今度は飛んだぁ!?」  デコピンジャンプでカーソルは大きく空を駆け抜けた。一〇八人集達の頭を下にして。そ して塔の壁に突き刺さる。ちょっぴりつき指。だが、途中の階段を登らずとも少しだけワー プする事が出来た。 「さぁ!」 「走るぞ!」  主人公、オレンジ、カーソルは走った。塔の外壁をぐるりと何周も回る様な形をした階段 を更に登って行く。 「拝んでやろうじゃないか、神を名乗るどこぞの裏切り殺人者野郎!」 「これが恐らく最後の戦い…!登りきってやるわよ!」 「→はい いいえ」  オレンジもハリキリ度120%だった。表向きには…  しゅばっ!  そこに地面の方から何者かが飛び上がってきた。  東方3賢者のうちの一人だった。  主人公達はまだそれに気付いていない。赤や白が入り混じったコード達がこちら側に物凄 い勢いで迫ってきた。うねりくねりしながら。  狙うはオレンジの体に絡まる直前!  主人公は予め魔法で出しておいた剣を大きく振りかぶった。ぎりぎりセーフの所で間に合 わせコードを断ち切る。 「誰もが望むエンディング…果たしてそれは本当はどうなんだ?中にはいるかもしれない…  永遠と今の世界が続けば良いと願っている者も…」  主人公は、敵の言葉を言い終わる前に剣で相手の体を空中でなぎ払った。  そいつは人間ではなかった。バチバチと、二つに別れた体の内部に電気が走る。 「勇者よ…お前が…一番それを知っテいル筈…」  機械的な声。  言い終わると、六角形のジグソーの様な闇の中に溶けていった… 「どういう意味なんじゃ…そして奴らは一体」  バグそのものであった。  何階まで上がってきたのだろう。ぐるぐると同じような風景を目のあたりにする。 汗が顔から溢れる。ゲーム世界だというのに。それは心の汗だったのかもしれない。階を上 がる度に何故か主人公の顔から曇りの影が落ちていった。もしかしてオレンジもそうだった のかもしれない。  胸騒ぎが止まらなかった。  この先何が待ち受けているのだろう。最上階にいる人物、神の正体とは一体…  気付くと主人公達は大きな広場に出ていた。上を見ると先はまだまだ長い。  気付くと主人公達は敵に囲まれていた。 「さ〜て、ここから上へは登らせやさせないぜ?オレ達、煩悩一〇八人集、ちょっとやそっ  とで振り切る事は出来ネェぜー」  チンピラ風の赤髪の男が、代表的に舌を下品に出しながら言った。  オレンジは一瞬の隙を見つけた。 「………」  ポイっ!  何か白い物体を頭上に飛ばした! 「ムースシールド!」  ほわん!主人公達の真上で大きくなる。  それはDISK5最後でババロア2世から盗み出した、あのアイテムだった。  真ん中に丁度主人公達がすっぽり入れるような穴が開いており、落ちて来た時にはもふん っと敵側から隠れる事が出来た。だがこのままじゃ身動きがとれない。それも承知の上での 行動だった。 「バーカが!そんな柔らかおいしそうなシールドを張ったところで何秒持つと言うんだ!野  郎共っ、掘れ掘れぇ!」  ざくっざくっと信者達、モンスター達はそれを食しながら掘り進めて行った。白いプルー ン味であったが、なかなかの絶品の味だったと彼らは後に語る。  ぎゅいいいいいいいいん…  やがて主人公達を掘り当てた。  ところがどっこい。主人公は膝を付き、剣を両手にじっと構えていた。ぎゅいいんと音は 加速する。オレンジとカーソルがその影になりを潜めている。 「ほ〜ら言ったでしょカーソル君、盗めるものは盗める時に盗んでおかなきゃ」 「若いおなごが盗む盗む連呼するんじゃない!」 「そ、その構えはもしかして、見たところ溜めのポーズ?」  敵は半笑いして焦る。  主人公はニヤリと答えた。 「→はい いいえ」 「シールドは只の時間稼ぎか!?」  気付いた時にはもう遅かった。  主人公は見事なまでの一回転斬りを決めた。 「よっしゃああああああああ!」  その映像を見ていた全スタッフが喜びの声を上げた。 「はぁ…はぁ…はぁ…」 「下を見るんじゃないぞー」 「へっちゃらへの介だわよ…!これでも高所大好き症なのよっ、苦手なものはグリンピース  と狭いところのみ!ナハハハハ!」  空気が薄くなり始めている。  主人公とカーソルはともかく、オレンジの体力の疲労は限界まで来ていた。  再び、似たような階段を登り走り。オレンジが力一杯に言う。 「さっすが…過去に一度攻略したダンジョンだけあって…はぁ…」  無理をしているのが分かる。過去に登って来た時とは状況と心境が違う。 「そうじゃの…塔の中の仕掛けは以前にクリアした時全て解いたからコースは一直線。そう  いや初めてのダンジョンにしてはなかなか苦戦させられたわい」 「そういえばあったわねー色々と…」  単純なブロック押しのパズルが塔の中で繰り広げられたもんだ。塔一階分進むたびに、七 曜星と名乗る幹部達と戦った。その最上階に待ち構えていたのが、あの、ババロア2世だっ た。  突如として、階段の下からドドドドっと轟音が聞こえてきた。  一〇八人集の残党か?いいや違う。下から近づいてくるのが見える。虫の様に這いつくば り登って来る3賢者のうちの一人だった。手と足が触手のように動き気持ちが悪い。  主人公達は急いだ。  だが、カーソルだけはその場から動かなかった。 「覚えておるか?二人とも」 「………」 「あの時、こうしてワシが身を挺し下からやって来る敵を防いだっちゅー話。いやあの頃は  キモキャラクターから脱するため必死じゃったわい。何しろ手だけの生物じゃからなぁ、  アッッハッハ」  ぐぃぃぃん!カーソルは巨大化して、下に続く道を完全に塞いだ。 「ここはワシに任せなさい…よいかっ、ワシの分も神に手を合わせてくるんじゃぞ!」 「…カーソル君…」  話している暇は無かった。耳を立てると、今度は見えないが、同じような音が上の階から 近付いてきていたのだ。  同じく3賢者のうちの最後の一人だろう。挟みうちである。  カーソルは、親指を上に立て、主人公達を見送った。 「…うん!行って来る!」 「(…ここから先は、お前達二人の戦い…本当のエンディング、楽しみにしておるぞ…!」  直感でそれが分かっていた。  オレンジが息をこらしながら言った。それでもそれを必死に隠しながら。 「覚えてるに決まってるでしょ。私の冒険は…ここから始まったんだから。キミと、初めて  出会ったのもこの…」  そうなのだ。バベルの塔に潜り込んだオレンジとカーソルのコンビに初めて出会い、仲間 になったのはこの塔からだったのだ。  これほどまで彼女の疲労が酷かったかというのも、最初に出会ったのは塔の途中だったか らかもしれない。ゲーム直後の初期開始位置はそこからで、一階から登るのは、初めてだっ たからかもしれない。 「(一階から登るのは初めて?)」  始まりは些細な好奇心から。  ヨーグル教に連れ去られていく自分の村を救うため、旅先案内人のカーソルと一緒に塔に 登った。そこで主人公と出会った。  ずっとそう思っていた。  どうしてか、主人公の脳裏にオレンジの樹がよぎる。あの日、あの昔遊んでいたオレンジ の樹。思い出の… 「でも…何故だろう。何だかそれが私が生まれるずっと前の出来事の様に感じる。最後の階  段が近付けば来れば来るほど、そんな不思議な気持ちが強くなっていく…振り返っちゃダ  メだよ!もうすぐ最上階っこのまま突っ走りましょ!」  と、主人公の後ろでオレンジ。 「(…笑って…泣いて……時には大泣きしたりもして…)」  オレンジは心の中で呟いた。  沢山のイベントを思い出す。  飛行船を手に入れて、無茶な国境越えをした思い出。あの時は本当に危なかった。サブキ ャラクターのジョナさんが操縦する舵輪にみんなして手を握り、ぎりぎりのところで故障し た飛空挺で国境の門を潜った。  国を救ったお礼に、アメフ王国の立食パーティに呼ばれたときはとても緊張した。それで も嬉しかった。  それに、ズンドコタウンの出来事。街を上げて祝ってくれた。  悲しいイベントもあった。辛い、仲間との別れのイベント…だけど… 「(…色んな思い出を…また一度ありがとう…)」  オレンジは理由も分からず泣いていた。  ハッとする。  もう一度、主人公に「振り返っちゃダメだよ」と言おうとしたが上手く声が出てくれなか った。涙が次から次へと溢れてくる。  目の前に…最後の3賢者が這いつくばっていた。  ビリビリと音が伝わってくる。  主人公は鞘の存在しない出しっぱなしの剣を構えた。 「………」 「真のエンディングを迎えルたメの、最後のフラグわ…勇者、アナタ方を消し去ル事」  スローモーションでもかけたかのような動きで腕からのコードが蠢いている。  主人公のレベルは47。MAXとは程遠いが、カーソルがいない分、相手のステータスを 見ることが出来ないが、絶対にこの先へ進まないといけない気がした。  エラーの原因を絶たねばならない。  何としてでも勝つ!主人公の先制攻撃!  ミス!  軟体生物の様に体をくねらす。  それは予想範囲内の行動だった。  何しろこのゲームを製作したのは自分自身。剣の腕にかけてはその道を歩んできたわけで はないが自信があった。  すぐさま次の行動に移す。剣を真逆に返す!いや、今度は姿を消した。  後ろだ!  振り向いた直後の一撃が見事ヒットし、賢者の体を斜めに引き裂いた! 「危ない!」  オレンジが咄嗟に叫んだ。  切り裂いた筈の下半身のみが動き、体の装束をコードが突き破り襲い掛かってきた。魔法 を唱えようとるオレンジ。ダメだ彼女の動作も一歩遅かった。主人公の体中に巻きついてき たコード達。  アスファルトの地面にカランと剣を落としてしまった。  その締め付けに苦悩の表情。身動きが取れない。  このままヨーグルと同じ運命を辿るというのか。 「次はアナタデス」  脳裏に焼きつくような機械ボイス。  今度は二つに別れたうちの上半身がオレンジに向けて覆いかぶさってきた! 「 はい→いいえ!」  ゲームに入り込んで以来、初めて主人公は大きな声で叫んだ。  一瞬の静寂が辺りを包み込む。  その声に共鳴してかバグである最後の賢者は、無数に出てきた六角形の闇のホールに引き ずり込まれて行った。  呆然と立ち尽くす…主人公は、何故だか分からないが勝利していた。  脳裏にある言葉がよぎる。  『走れ』と本能が言っている。だから走った。ただ上のみを目指して。  辺りはいつの間にか暗く、塔は雲を超え、満月がレンガの壁を照らし出していた。  間も無くして最上階に辿り着く。  なんだかとても懐かしい場所に感じた。そう、昔来た事のあるような…一日二日のレベル ではなく、果てしなくずっと昔に… 「お疲れ様でした…」  そこにいたのは、七曜星リーダーでもあり、最後の四天王、ババロア2世であった。  驚きもしない。  ある程度は予想されていたからだった… 第六章 ただ、その時を待つ  何も無い。ただっ広い平原に、一人静かに佇んでいるオレンジの樹。僕らは毎日のように その場所に来ていた。  薄ら寒い風が、Tシャツの上から肌を撫でる。自然とザワザワとこちらに語りかけてくる 葉っぱ達。  病弱だった君を、世界の何にも知らなかった君を、その樹の枝の上からの景色を見せてあ げたくて二人して登った。その時初めて握った両手。今も忘れない、君の歌…  僕らは笑った…時には泣いた…時には大泣きもした…  そのオレンジの樹によって巡り会えた時間、思い出、全ての感情が今ではまるで僕の中だ けで伝説のようになって生き続ける。  だから…オレンジの樹が切り倒された日のときも別段大きなショックは受けなかった。伝 説はいつまで経っても錆びる事は無いのだ…  最上階に付く頃には、急いで走っていた足もクタクタになり主人公も無理やり足を動かす 形となっていた。  以前にこの塔を登ったときよりも体が重く感じられた。より道もせずに真っ直ぐ一直線に 向かって来たというのに。  オレンジは主人公に抱えられるような形で辿り着いた。  これで出会うのは四度目となるババロア2世。明らかに、その雰囲気は以前と変わってい た。  一糸まとわぬむきだしの狂気。それがそこには感じられた。  表情は仮面をしているので伺えられない。それでもだ、なんだかとてもやつれた感じに見 えるのは気のせいなのだろうか。笑い顔の仮面が不気味だ。  音の無い風が吹く。  それまでテンション高まるBGMがかかっていたバベルの塔から、いつの間にか音という 音が無くなっていた。  最初に口を動かしたのはババロアの方だった。 「…お疲れ様でした…」  その声は殆ど枯れかけていた。  オカマ言葉を喋っていた面影は何処にも無い。  ババロアの黒髪が風になびく。オレンジの被る羽根付き帽子も飛ばされそうになり、慌て て頭を押さえた。 「耳鳴りがするだろう。私もこのパソコンの起動音があってやっとだ。しかし意外に悪くな  い。音楽が無い世界というのも…」  ババロアは、それまで見たことの無いほどの大きな満月を背に椅子に腰をかけ、現実世界 にあるようなどこぞのパソコンを机を上に置いていた。  恐らくそれでこのゲーム世界をハックしていたに違いない。どこから手に入れたのかは分 からないが恐らくこれもバグの一種だと考えて良いらしい。ただ、パソコンの形状をした一 つのシステムエラーの形。  辺りを見渡す。  何もないかと思われた平面世界の屋上に、建設途中には無かった新たな8階が出来上がっ ていた。小さな、まるで学校の屋上に出る立方体の建物である。扉がある。  その上には…大きなオレンジの樹が立っていた。  真上から見ると、砂色の中に紛れた小さな緑の丸に見えただろう。  元々その塔が、いやジグラートという会社ビルが建てられる前にあった。  懐かしい、その樹… 「勇者よ」  視点を変えて見ると服装すら変わっていた。前はぼろ汚い布地で出来た服を着ていたが、 ぶかぶかの黒いスーツ姿でいる。  ババロアの周りを歩きながら、そして一切の隙を見せないよう目線を変えず話を聞く。 「ここは、外世界とこのゲーム世界を繋ぐバーチャルステーション」 「ババロア2世…あなたが『神』の正体」  本来ならカーソルが言うようなセリフを、主人公の代わりにオレンジが言った。 「ヨーグル教祖を殺したのも…」 「…そうだよ」  枯れ果てた、しかし憎しみに満ちた声。  点と点が結びつく。 「想定外のプログラムミスにより私は…私の未来を知ってしまった…その未来を変えようと  しているがうち、私はね、この世界の正体に触れてしまったんだよ」  正体。恐らくこのゲーム世界の事を指しているのだろう。 「生に向かって生きようとするも決して逆らう事の出来ない『運命(シナリオ)』という存  在に。触れるべきでは無かった。だが…もうそれは私にとって手放す事が出来ないエデン  の林檎。私はこれから感情のままに暴走するだろう。真のエンディングを迎えるための最  後の鍵はお前達だ」  目線が扉の方に向けられる。主人公は只々それを黙って聞いていた。その感情はババロア と同じく伺えられない。  鍵穴から、話し声が聞こえる。それはジグラートスタッフ達のざわめき声だった。二つの 世界はそこで繋がっていた。  広がる無限の世界。 「私はこれからこの扉を開ける。本来ならあるべき存在では無かったこのゲーム世界を浄化  させるため、私はこの世界の本物の神となる…!」 「それってやっぱし世界を滅ぼすって事じゃない!何が真のエンディングよぉ、言ってる事  が信者達と違うじゃない!」 「違う!作り変えるというのだ元の根の部分から!」  ババロアの目的は、現実世界の乗っ取りでも何でもなかった。ただ、このシナリオという 枠で縛られたゲーム世界が許せなかったのだ。フリーシナリオではあるが、結局敵という存 在は倒される運命。生きるも死ぬも、たった数枚の紙切れで決められている、その事実をバ バロアは知ってしまったのだ。  あの、最後のDISK7、異次元世界に触れる事によって。 「剣を交えよ勇者という名の主人公よ!どの先、これがこの世界最後のバトル…」  黒く染まった仕込み杖を前に取り出す。キラリと鋭く光るその先。 「キミ達にとって私がラスボスであるのならば、私にとってキミ達もラスボスなのだよ!」 「………!」  ババロアが俊足の速さで向かってきた。  主人公は大きく剣を振りかぶる。 「死ネェ!」  思わずオレンジは目を伏せた。  結果は、一瞬で決まった。緑色の血を噴出しババロアが背中側に反った。 「ホ…」  虫の息のような音を上げた。 「ホッ…ホッホホホホ…所詮、私はたった一撃でやられるイベントキャラに過ぎないという  のか?」  倒れないまま、右手の手のひらが、指が真っ直ぐ天に向かって伸びた。 「神の名など本当はどうでも良かった。ただ…ただ私は生きようとしただけな…の…に…」  親指が、人差し指が折れていく。 「にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」  それがいっきに拳となった。爪が皮膚に刺さり血が垂れて行く。狂気となったババロアが 主人公を襲う!  びゅっ!と主人公の片目の下に鮮血が流れた。明らかに赤い血。どうやらここまでプログ ラムが改ざんされているようだ。痛さがじわりじわりと後から尾を引いてやって来る。ゲー ムでも何でもない、これは本物の戦いであった。  刃と刃が交じり合う。両手で重い剣を振りかぶる主人公。かわって片手で易々と仕込み杖 を振り回すババロア。二人は体等の力で責め合っていたと思えたが若干ババロアの方が押し ていた。  ババロアが一撃を決めようとする度、シャランと杖の逆の方に取り付けられた小さな鈴の 音が鳴った。  仮面の形相が激しく変わっていく。  大口を開け、例えれば悪魔のような表情。何者かに取り憑かれるような、そんな印象を受 けた。主人公はここで始めて恐怖を感じた。  杖の先が肩に刺さる。もう一度、二度。血が安物の服を滲ませていく。  もう片方の手で今度は腹に拳が入った。  妙なまでの動き。 「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」  口から胃酸が吐き出される。それと同時に内臓までが飛び出るような痛さだった。  オレンジの声が近くにいながらも遠くに聞こえる。オレンジは、何も出来ない自分がもど かしかった。その声を聞きつけたババロアが今度はオレンジへ何発かの魔法弾を飛ばした。 同じく魔法で対抗しようともそれが出来なかった。何らかのシステムロックが彼女にかかっ ていた。まともに攻撃を受ける。 「!」  主人公はそれを庇おうと走ったが間に合わなかった。  主人公にとって、それが今までで一番のダメージだった。  胸全体が灼けるように熱くなる。 「…大丈夫…私にはキミから貰った不死身のペンダントがあるから…アハハ、ちょっち痛か  ったけど」  走り向かったのが塔の先だったのが不幸だった。後ろに追い詰められていた。何度か致命 傷を与えたかのように思えたババロアは、ゾンビのようにまた元の猫背に戻って杖を猛獣を 思わせる獰猛さで主張してきた。  視野が赤黒くにじむ。  後ろの足元からも地獄の呻き声が聞こえてくるような気がした。落ちたら即アウトだ。  もうこれ以上耐えられない。  いつの間にか敵の攻撃から身を守る事で精一杯になってきた頃。  自分の剣がたまたま仮面にヒットし、ダメージさえ与えられないものの、稲妻型のひびを 入れさせた。  そこしかないと思った。  主人公は満身創痍で真上に剣を振り上げた。どうなろうと最後の一撃として。  そして確かな手ごたえを感じた。  ババロアの仮面が真っ二つに割れた。そしてバリィン!とガラスが割れるような音を出し て砕け散る。  ババロアの素顔が晒された。  笑っていた。  見たことのある顔だった。とても。  20代ぐらいの男だが少年の面影を残していた。スーツ姿がどことなく似合わなかったそ の男。  自分自身。現実世界のプレイヤー、ランド。その人であった。  主人公は勿論の事驚く。鏡を覗き込んでいるようだった。  これもバグの一種か。  その反応にババロアは不敵に声をこぼす。 「ンフフフフフフ…」  そして 「アハーーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッハ!」  音の無い世界につんざく様な笑い声。  倒れたままのオレンジもその光景を見ていた。何かを思ってか半目を瞑っている。 「私を倒してもエンディングは訪れないよ…お前達は知っての通りだと思うが…それは本来  のストーリー通りにヨーグルを倒したところで変わらなかった。ンフフフ、どうだ?絶望  してくれたかね?ジグラートスタッフ諸君」  その言葉は主人公達に向けられた言葉では無かった。  突然名指しされ、プレイ画面を見つめていた山吹達は何を思っていただろう。 「本当はエンディングを迎えるスイッチなんて、どこにもこのゲームには設定されていない  んですよ。中断さえも許されない。完成試写会が始まる前にデータを改ざんしておいたの  だよ。勇者=プレイヤーが実際に死なない限り、君たちスタッフは永遠にその部屋で働き  続ける事しか出来ない。お喋りできない勇者様の言葉を、私が代弁して差し上げましょう  か…?」  言っている本人さえも興奮しており、そこで溜まっていた唾を飲み込んだ。 「このゲームの本当のジャンルは、『私』こと『ランド』から全てを奪った…全てを奪った  …」 「まーた今日も居残り残業?」  学校帰りに二人の男女学生が道沿いで話しながら帰っていた。 「今日からは特別なんだ。しばらく学校には出られないかもしれない。担任にも話しておい  たんだけど、話すのが一番最後になっちゃってゴメン。キミとも当分会えそうにない…」  男は、天才ゲームデザイナーとして、学校と会社を両立させていた。 「引き抜かれたんだ…ゲーム会社ジグラートに」 「何それ!ジグラート?あのクソゲー作ってた会社でしょ!」  前髪をそろえたオレンジ色の少女が悪態を付く。彼女のもはやトレードマークにもなって いる羽根付き帽子がオレンジの葉の様に見える。  ホッと、話をしていなかった事に怒りの矛先が向かわず安心する。 「何年も前の話さ。それにそれを僕が一から再生してみせる。どう?面白そうでしょ」 「よくそんな事平気で言えるわよね。私達の大切な思い出の場所を壊したジグラートよ?何  とも思わないの?」 「思い出は、自分の中で伝説となり、いつまでも錆びる事なく生き続ける」 「…ぷぷっ、何ソレ」 「笑うなよー。いいフレーズだと思うんだけどなぁ。それよりも、体の方は大事にしておい  てよ。無茶は絶対にしちゃダメだからね」 「バカねぇ。病人と言っても、見た目も中身も殆ど普通の人と変わらないんだよ?ランドは  ランドで自分の仕事をまっとうして来てちょうだいな。少し。ほんの少しだけ寂しいけど  さ…」  彼女が死んだのは、その三ヶ月先の事だった。  元々病弱な体で、本当は重い病気にかかっていたのだ。  少年は病院に向かう事さえ許されなかった。その時開発されていた『BABEL』という プロジェクトに追われており、家にさえ帰ることは出来なかった。  社長としては手元から彼を手放したくなかったのかもしれない。  少女の家族からその後届けられた羽根付き帽子だけが、少年を支える事が出来た。  秘密裏に、そこに付着していた髪の毛からDNAを採取する。  やがてゲームは完成される。 「このゲームの本当のジャンルは、『私』こと『ランド』から全てを奪った…全てを奪った  …お前達、ジグラートへの復讐ゲームなのだ…」  全てを言い終えると、ババロアは砂と化し風に吹かれていった。  主人公とオレンジ、二人きりになる。  もう敵はいない。  オレンジは不死身のペンダントをそっと外した。  どこからどこまでが本当なのか、動けないままの主人公の態度と表情を見れば分かった。  外されたペンダントは主人公の首に掛けられた。 「それ…返すね。不死身のペンダント。正式名称ヒミツのロケット」  初めてこの塔で出会った時だった。  何も言わず渡したのがこのペンダントだった。それは初めから決めていた事。  オレンジは傷元も気にせずに立ち上がった。 「フッはっはっはっはっは。なーんて…ありがち真のラスボスの真似っ」  今まで見せた事のない、いや、ゲーム世界での話だが、思いっきりの笑顔でオレンジは笑 い出してあげた。相変わらず下手な演技だった。  テクテクと歩く。  オレンジと主人公の間に、距離が開いていった。 「ババロアはああ言ってたけど…本当は一つだけあるのよ。エンディングを迎える方法」  少しの間が空く。知らず知らず躊躇していたのかもしれない。 「『ヒロイン。オレンジが、この世界から消える事』。これがイベントの開始条件!ババロ  アと同じくネ、私も知っちゃったんだ、あの変な世界で。ずっと黙っていたけれど。私に  かかっている全てのステータスを」  躊躇していたのは主人公だって同じだった。 「塔を登ってく内に確信に変わっていった。良かった…この事に気付いていて…フフ、だっ  てペンダントをしている限り、永遠に私は死ぬ事なんてないんだから。こんな特別アイテ  ム…今の状態が続いていいなんて、キミも本当は思っちゃいない筈。許してくれるよね?  私が…私一人が消えれば、みんなが、例えゲームの世界であっても世界中が救われるのだ  から!」  相変わらず笑顔でいる。分かっている。これからの行動。自らが命を絶とうとしているの に。  両手を後ろに結び、顔を突き出すようにオレンジは言った。 「ハハッ、私の旅の目的、やっぱりそのまんまエンディングを目指す事だったんだネ!」 「 はい→いいえ」 「ハハッ、私の旅の目的、やっぱりそのまんまエンディングを目指す事だったんだネ!」 「 はい→いいえ!」  会話がループする。RPGによくある光景と言えよう。 「ハハッ、私の旅の目的…」  ビュッと風が吹く。羽根付き帽子が空を飛んだ。 「やっぱりそのまんまエンディングを目指す事だったんだネ…」  後ろに退く。背中には何も当たらない。あるのは虚の空だけ。オレンジは、塔の真下に落 ちていった。 「ダメだァァァァァァ!」  主人公が、いや、ランドが初めて喋った。有り得ない事だった。  怪我している事を忘れ、無我夢中で走った。そしてぎりぎりのところでその手を掴んだ。 そう、その昔の子供時代、オレンジの樹に一緒に登った時のように。だが違うのは、彼女の 手が悲しいほど温度が感じられなかった事だ。  主人公の体にノイズが走る。  主人公は更に喋る。 「なんで!なんでお前が死ななきゃならないんだ!僕は…君ともう一度会いたい!その一心  だけでこの世界を創造したというのに!約束したじゃないかっ、返事は出来なかったけれ  ど、エンディングを迎えたとしても僕達お別れするわけじゃないって!確かに僕はジグラ  ートを恨んでいた。大事なオレンジの樹を切り倒し、君の死に目にも立ち会えなくしたジ  グラートを憎んでいた。ずっとこの世界にいるつもりだった。僕が死ぬか、プログラマー  達が放棄するまで!だけど今は違うっ、大事な人をもう二度と失いたくない!どこかにき  っときっと別の方法がある筈だよ!みんなが助かるハッピーエンドになるための!」  ぶらり、ぶらりと、オレンジはその手に掴まっていた。  夜空がこんなにも綺麗だった事に初めて気付いた。 「そんなの無いって事…ランドが一番知ってる筈だよ」  オレンジは主人公の名前を口にした。 「ランド=ジェリーフィールド…やっと思い出した。ランドの名前。ずっとキミ呼ばわりし  ていてゴメンね」  片方の手で涙を拭った。今更隠す必要は無い。 「私、あなたと離れてからもずっと忘れた事は無かった…ずっとランドの事見続けていたん  だよ。雑誌の取材、第一回目しか病室で読むこと出来なかったけれど。仕事をしている後  ろ姿見ながらずっと応援していた。サヨナラしたとは思っていない。だから…大丈夫…大  丈夫だよ、手を離して。みんながエンディングを待っている」 「離すもんか!もう…絶対に、絶対にこの手は離さない!例えプログラムに無くてもシナリ  オに無くても、逃げる事からやめて前に進む勇気さえあれば!」  少しずつその体重を支える事が出来なくなっていた。  精一杯の言葉を吐き出す。  死者を生き返させることは出来ない。  それでも地位も名誉も、人生さえも捨て、もう一度再会するんだと誓ったあの日。  だがその気持ちさえ捨て今目の前にいる彼女を救おうと思った。  例え本当の人間でなくても。エンディングを見せてやろうと心から願った。 「奇跡は!」  やがて… 「このゲーム世界にも訪れるんだ…!」  手と手が離れた。  ランドとオレンジの。 「そうっ例えゲームでもこの世界は生きておるんじゃからな!」  手と手の間にもう一つの手がガシっと掴まる。  カーソル君であった。  それと同時に、夜空に大きな、月よりも大きな花火がどぉーんと上がった。 「BAR8号玉の…!」 「エンディングの花火…?!」 「あぁ!聞こえるか、この雲をも超える塔の最上階まで聞こえる大歓声を!」 「ワァァァァァァァァァァァァァァァァ!」  塔の下では…全キャストが集まってお祭り騒ぎをしていた。  飛行船操縦士のジョナさん、8号玉のマスターにそのおかみさん。それに敵である筈の七 曜星、W6、ゴレンジャー、四天王。殺されたと思っていたヨーグル教祖に、ババロア2世 までもがいる。そこには登場人物全員が集まっていた。 「エンディングが到来したんじゃーーーーーーーーーーーー!」  現実世界。  画面を見つめながら、小野竹が口をあんぐりと開けながら呟く。 「バグによって蝕まれた世界が…今度はバグによって救われた…」  片手に持っていたシャープペンシルを落とす。  今日一日で、コーヒーを何杯おかわりしただろう。  隣では順子が新しいコーヒーを運んで来ながら言った。うっすら涙を浮かべていた。 「いいえ、これはもう立派な奇跡です!みんなの前に進もうとする気持ちが奇跡を生んだん  ですっ!」  スクリーンには空と大地の一枚画をバックに『DISKを交換してください』とだけ表示 されていた。  エンディング、スタッフロールは次のDISK7に収録されている。もっともそこに入る 扉が無かっただけで、しっかりとそれらは用意されていたのだ。ランドが完成試写会の前に データを改ざんしたという話は寝耳に水、スタッフ全員が知らなかった事ではあるが。 「何にしても、これでハッピーエンドってーことか…」  …ぬぅっ…  扉が開く音には気付かなかった。知らずに小野竹達、それに下のフロアのスタッフ達プロ グラマー達はゲーム画面と全く同じ光景、大騒ぎしていた。  ジグラート社長が背後に現れたのだった。  ゲームに登場する大統領のモデルでもあった。眼鏡をかけていて七三分けの髪型。無表情 で小野竹達の方を見る。 「社長…!?」  たじろいだ。 「!」 「分かっております…」  山吹だった。 「この事態の責任はきちんと私が…」 「いつからこのゲームは個人の思い出ソフトになったんだ?」 「はい?」 「プレイヤーを変えDISK6から再スタート。リセットロックが掛かっているなら電源元  から切ればいい」  感情のこもらない何とも味気ない声だった。フロアのアナウンスに自ら声をかける。 「ですが!ランド氏の安全装置は!」  …ぷつんっ!  遅かった。  ゲーム画面が切れた。  後には、真っ黒い画面だけが映し出されるだけだった。 「Mr.ジグラート…神はもうあの世界にはいませんよ」  カツラの取れた、スキンヘッドの頭をしたウマミダマ社長だった。 「安心しなさい。モニターの電源を消しただけだ。心配しなくても彼は帰ってくる。エンデ  ィングを終えて。それともなんですか?ゲームメーカーというのは二人だけのお別れまで  覗く趣味があるのかね?」  順子、小野竹、山吹は笑顔で感謝した。小野竹が親指でグッドサインを出す。  ジグラート社長は、このスポンサーに何も答えることが出来なかった。 「最後の仕事だぁ!エンディング用DISKに取り替えるぞー!」  フロアのスタッフ達は再び威勢を取り戻した。 「今度はDISKを間違えない様、ちゃんと見ておくんだぞ」 「OKっ」 「あぁあぁ分かってるって」 「これの最後の歌がまた泣けるんだよなー」 「まぁこれもやっぱし、ウイウイソングと同じ音楽班全員の合唱なんだがな」 「っておい!」 「すっかり眠気もさめっちまってらー!」 「正直俺どんなエンディングになるのか見てみたかった気もするんだけどなー」  スタッフ達は思い思いの声を上げていた。  ステージ上のランドは、コーホーコーホーと今までと変わらず静かに息をしているだけだ った。 第七章 エピローグ 「んじゃあ。僕は帰らなきゃいけない。サヨナラする事にする。許される事じゃないと思う  けど、ジグラートのみんなに謝らなきゃいけない事、沢山あるし。君の記憶は全部、今ま  での思い出は次回プレイにより最初へリセットされちゃうけれど。この世界は世界で続い  ていく事を信じてる」 「そんな悲しい顔をしないで。お別れじゃないわ、ランドが私の事を覚えている限り、世界  はきっと、エンディングの後も続いていく…フフ、それよりも意地悪だよね」 「え、なにが?」 「ランドは結局、どんなエンディングになるのかとかストーリーのあらすじ全部知ってたわ  けなんだから。街の噂じゃ最後の歌がいいって話だけど」 「うんう、僕もどんなエンディングになるのか知らないんだ。一人一人が意思を持って創り  上げるマルチエンディングシステム。その後、現実世界に帰る時間の間に、僕の頭の中で  今までの回想を挟んだスタッフロールが流れる。だけど確かに歌は感動すると思うよ」 「どんな歌なの?」 「何を歌うかは君に任せるよ」 「ええ!?」 「聞かせて欲しいんだ。あのオレンジの樹の上でよく歌っていた、君の声で。思い出させて  欲しいんだ」 「………」 「まぁ、版権問題とか会社からは色んな問題で怒られそうだけど…」 「…いいわよ。何だかおかしいけれどネ、楽しみにしていたエンディング、私自身が締める  なんて思ってもみなかった」  ランドは、オレンジの樹が立てられた、8階の扉のドアノブに手をかけた。 「ちょっ!一緒にエンディングは見ていかないの?!」 「だって、このお別れイベント自体がエンディングなんだもの」 「そんな!そんな、悲しいままのエンディング…聞いていない聞いていない聞いていない!  おばあちゃんから聞いていたのは、もっと…!」 「悲しい事なんてないさ。下でみんなが待っている。それにだって、君自身がさっき言った  ろ?別に本当にお別れするわけじゃないんだって」 「…ランド…」 「それじゃ…行ってくるよ。カーソルも、今までありがとう」  今まで傍らにいたカーソルに向けて言った。  カーソルは自らを広げ精一杯それを振った。  オレンジと一緒に。 「…頑張って。行ってらっしゃい!ドアの向こうに届くぐらい、大きな大きな声で歌ってあ  げるから!」  ランドは、そして扉を開けた… 「私っアナタに会えて本当に良かった!」 「…僕もだ」  眠っているランドのスーツの下にはペンダントが掛けられていた。それはロケット式にな っており、開けた中には、オレンジ色の髪をした少女の写真が収められていた…  顔の見えなくなっている上部から涙がこぼれ、頬を伝い落ちた。  やがて目を覚ます事になるだろう。彼女の最後の歌を聴き終えたランドが。  そして、もう二度と会うことは無いだろう。  それでも良かった。  思い出は、ずっと自身の中で生き続けるのだから。 (おわり)