第一章:プレリュード──地獄耳──


魔晄都市ミッドガルの中心部に位置する、その白塗りの大ビルには、
大きく『神羅カンパニー』と記されたロゴマークが掲げられていた。
世界に、絶大な影響力を持つ大企業神羅カンパニーの本社が、この神羅ビルだ。

莫大な資金を費やして施された厳重な警備や、
様々な実験機具の揃った研究室、
それに七十階にも及ぶビルの高さ、
そしてきわめつけにビル内のテナントの一部となってしまったミッドガル資料室、などなどは、
神羅カンパニーの国家単位の権力を十分に表わしていた。
ルーファウス神羅。
それが、この大企業神羅カンパニーの若き社長の名だ。
前社長であり、ルーファウスの父親であるプレジデント神羅が亡くなり、
次期に社長の座を継いだのが、彼である。
彼は、神羅ビル七十階の社長室にいた。
広い部屋だった。
フローリングの床に、大きなデスクが大半を占めていて、
そして、ルーファウスはその席に腰を下ろしていた。
金髪碧眼の青年だ。歳の頃は、まだ若い。
全身白タイツ・・・・・・いや、全身白スーツに身を包んでいる。
針のように固く、けれど糸のように細い金髪は、清潔そうに整えられており、
蒼い瞳は鋭く、それは野望と権力の輝きを放っていた。

「ふぅ・・・・・・・・・・・・まいったものだな」

一つため息をつき、そしてその口から、そんな一言が漏れる。
困り果てたような言葉と、ため息。
何事にも、強気で立ち向かうのが、ルーファウスの性分だ。それを考えると、
彼らしくない言動である。
ルーファウスは、憂鬱げに席を立った。がたり、と椅子の移動する音がする。
そして、再びため息をつくと、重い足取りで、窓辺に向かったのだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

窓辺につくと、無言で窓を開ける。
しかし、彼はなかなか窓から外を覗こうとはしなかった。
口元に手をやり、顎をかくと、しばしの沈黙。
張り詰めた時が、続く。
と、やがて、

「・・・・・・・・・よし!」

意を決したような、意気込みの声。
そして、彼は半ば身を乗り出すように、窓から外を見下ろした。
眼下に広がるのは、七十階から見下ろした地面。
ひゅるるぅ、と鋭い風が吹いた。
米粒のような人々、ゴミのような自動車、積み木のような家々。
まるで、小人のように見える。
高い。はっきりいって高すぎるのだ、このビルは。
ルーファウスの額に一筋の冷や汗。

「うっ・・・・・・・・・・・・・・・」

思わず、うめき声を漏らすルーファウス。そして、そのまま、ずささささ、と窓から離れた。
ぜぇぜぇと荒い呼吸。
先程まで一筋だった冷や汗は、いつのまにやら膨大な量となり、顔を覆っている。

「駄目だ・・・・・・・・・高いところは・・・・・・駄目なんだ・・・・・・・・・」

高所恐怖症らしい。

「社長に就任してからもうだいぶだったが・・・・・・・・・
 この七十階にだけは・・・慣れることが出来ん・・・・・・・・・。
 親父・・・よくこんな怖い部屋なんかで仕事が出来たな・・・・・・・・・。
 だいたいなんだ!!
 どうして親父は七十階もつくったんだ!!
 つくるなら地下七十階にしろ地下に!!あ、でもしかし・・・・・・あぁっ!!
 でもそれなら空気がうまくまわらなくて、窒息死するかもしれない!!
 ということはやはり地上七十階なのか!!
 いやだ!!
 そんなのはまっぴらごめんだ!!」

自分が満足のいくまで、文句を叫び続ける。それから、彼の表情は突然真剣な表情になり、

「社長、やめよーか・・・・・・・・・・・・この部屋怖いし」

高いところが苦手というだけで、社長をやめようとするルーファウス。
と、その時。

「ルーファウス様。なんとゆーことを言うのです」

背後から突然の声。

「うわっ!!」

突然のその、冷静極まりない声に驚くルーファウス。
そしてその直後、彼はカッとなって、大声でその声の主を怒鳴りつけた。    

「ツォン!!突然登場するのはやめろといつも言っているだろう!!」

「ただ私はルーファウス様に、本当の驚きを伝えたかっただけでござる」

「な、なんなんだその『ござる』ってやつは・・・・・・?」

「意味はありません。
 もしかするとるろうに剣心に凝っているのではないか、と
 疑ってらっしゃるかもしれませんが、拙者、そんなことは断じてないでござる」

その男、ツォンは肩をすくめて、そう言ってみせた。
ツォンは、神羅の裏の仕事を請け負う、特殊工作部隊タークスのリーダー格の男である。
量の多そうな黒髪には、
背中まであって、なんか重そうだ。三つ編みをしたらきっとしめ縄だ。
思わずそう思わせてしまう男である。
ちなみに年齢不詳。もしかすると二十代かもしれないし、
もしかするとチョコボ仙人と同い年かもしれない。
そんな謎だらけのツォンの一番の特徴は、額にある大きなほくろであった。
そして、これはおそらく手書きだ。
異様なまでに千昌夫にハマった彼は、自らの手により油性ペンでほくろを書いた。
彼の毎朝の欠かせない日課は、洗顔とほくろ書きとランニングだった。

「で、ルーファウス社長、本題ですが・・・・・・・・・・・・・・・。
 今、ルーファウス様、社長辞めたいとか言いませんでしたか?
 私はしっかりと聞いてしまいました。何しろ地獄耳なもので。
 地獄耳とは、地獄の耳を指すのです。
 つまり耳がとてつもなく地獄らしいと・・・・・・・・・。ですから、私がまだ幼少の頃、
 『ツォン君って地獄耳だね。
  だってほら、耳が地獄の溶岩のように煮えたぎっているし、
  地獄にあると言われる針山のように、耳の穴から時々針が出てると』
 とよくクラスメイトに言われたものです」

平然と言われるその言葉に、ルーファウスは、はぁ?という顔をした。

「何言ってるお前。お前の性格、謎だぞ?」

そうなのだ。彼は、変なのだ。

「もういい。とにかく出てけツォン。邪魔だお前」

と、その言葉を聞くなり、ツォンの表情ががらりと変わる。

「ぐぉ・・・ぐぉぉぉ社長ぅぉぅおおぉ!!じゃ、邪魔ですと・・・!?
 社長に必要とされぬのならば、わ、わしゃ、
 わしゃわしゃわしゃ・・・わしゃぁ!一体どーすればぁ・・・!!
 ぐぉぉぉっく、苦し・・・!!ぐぉぉぉぉーーーーーー!!」

首に手をやり、なにやら苦しんでいるツォン。白目をむいていた。
けれどそれから、ガラリと雰囲気が変わり、
ツォンは、ガッツポーズをとると、キラリと白い歯を煌かせ、

「ツォン爆発ーーーーーーーーーーー!!」

いきなり彼は、爆ぜたかのように(?)、阿波踊りを踊り狂った。そして、
その阿波踊りの手で、何度もルーファウスを殴った。
バシィ!バシィ!バシィ!

「おいこらやめろツォンっ!!」

ルーファウス、ツォンを止めようとする。
だが、ツォンの恐るべきパワーにかなう者はいない。
バシィ!!バシィ!!バシィ!!

「うわっツォっやめっ」

バッシィィィィィィィィィィィン!!!!!!
そして、最後にルーファウスは思い切り殴られた。

「ツォンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

怒りまくって、叫ぶ彼。

「もーいーツォン!!お前出て行けっ!!邪魔だ邪魔だ邪魔だーーーーーーーーーーっ!!」

「OH!社長お待ち下さ・・・・・・・・・・・・」

彼は、いやがるツォンを無理矢理部屋の外に追い出す。
それから、ばたん、という大きな音をたてて、扉を閉めると、

「はぁ・・・・・・・・・・・・」

ようやく安堵のため息をついた。けれど、それはすぐさま苦悩のため息へと変化する。

「だが・・・『社長辞めたい』の一言をツォンに聞かれていたとは・・・・・・」

ルーファウスがそう言っているのは、
先程の『高いところ怖いから、社長辞めようかな』というあれである。
彼は、どん!と体を投げ出すように、椅子に座った。足を組み、手も組む。

「もし奴によって、
 そのことをみんなに言いふらされでもしたら・・・・・・
 社長の面目まるつぶれじゃないかっ!!
 とっ、とりあえずっ!!もう決して社長辞めたいなんて言わなくなるように、
 高所恐怖症を直さないとな・・・・・・・・・。はぁぁ憂鬱だ・・・・・・」

そして、彼は再び、ゆっくりと窓辺に向かうのだった。



第一章、完 (絵・ババロア2世)